1. 歌詞の概要
「Why I Like the Robins（ホワイ・アイ・ライク・ザ・ロビンズ）」は、アメリカのオルタナティブ／スペース・ロック・バンド、HUM（ハム）が1995年にリリースしたサード・アルバム『You’d Prefer an Astronaut』のラストトラックに収録された楽曲であり、アルバム全体の余韻と重力をすべて内包した静かな宇宙の終着点である。
この曲は、HUMというバンドの音楽性——轟音の中に沈む繊細なリリシズム、そして宇宙や自然を比喩に用いた内面的世界の描写——をもっとも象徴的に体現した楽曲のひとつであり、“終わり”の持つ美しさと不穏さ、そしてそこにある再生の兆しを、曖昧な言葉と揺らめくサウンドで描いている。
タイトルの「ロビンズ（ロビン：コマツグミ）」は北米で春の訪れを告げる鳥であり、自然の中にある再生と希望の象徴として登場する。しかし、この曲の語り手が語る“なぜ自分はロビンが好きなのか”という問いには、明確な答えは与えられない。ただ、沈黙と断片的な回想、そして言葉にできない感情が、空を飛ぶ鳥のように流れていくだけである。
2. 歌詞のバックグラウンド
『You’d Prefer an Astronaut』は、重厚なサウンドとスペースロック的叙情性が融合したHUMの代表作であり、その中でも「Why I Like the Robins」は最も内向きで感傷的な曲として高い評価を受けている。
このアルバムの世界観には一貫して「距離」がある。天体と地上、彼女と僕、想いと行動、記憶と現実。そうした距離の中で人はどう存在すればいいのか、あるいはその距離を受け入れるにはどうすればいいのか。HUMの音楽は、その答えを提示するのではなく、その問いの中に生きる感情の揺らぎそのものを提示する。
この曲もまた、詩的でありながら直接的な感情表現は避けられ、断片的なイメージが並べられる。だが、その曖昧な語り口だからこそ、リスナーはそこに自分自身の記憶や感情を投影する余白を見出すことができる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Why I Like the Robins」の印象的なフレーズを抜粋し、英語と日本語訳を併記する（出典：Genius Lyrics）：
We wish we were electric
But we prefer the air
「僕らは電気になれたらと思う
でも、やっぱり空気の中が好きなんだ」
And I go back to your house
Just to feel your breath
On the side of my neck
「君の家に戻るんだ
君の息づかいを
首筋に感じたくて」
これらの言葉には、愛の記憶と現実との距離感、そしてそこに宿る未練や執着が静かに滲み出ている。特に「電気になりたいが、空気を選ぶ」という一節には、即物的で明快な“接続”よりも、曖昧で感覚的な“気配”を選ぶというHUM的な感性が象徴的に現れている。
4. 歌詞の考察
「Why I Like the Robins」は、記憶と現実の間にある“音にならない感情”を、限りなく静かな声で囁くような楽曲である。
語り手は、明確な感情や出来事を語らず、ただ風景や感覚の断片を語る。その姿勢は、感情を説明することを拒絶するのではなく、説明では伝えられないことの存在を認めているのだ。だからこそ、語り手が“なぜロビンが好きなのか”を明かす必要はない。それを説明できないということ自体が、この曲の核心になっている。
また、「君の家に戻る」「息づかいを感じる」といった回想的な描写の中には、失われた関係への未練と、それでもそこに戻ってしまう衝動が描かれている。それは決して劇的ではないが、だからこそ日常の中に埋もれてしまった“大切だった何か”を丁寧に掘り起こすような切なさが宿っている。
音楽的には、淡々としたリズムと分厚いギター、そして静かに語るようなボーカルが重なり合い、**心の深部でだけ響くような“音の記憶”**を構築している。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- The Past is a Grotesque Animal by of Montreal
過去への執着と自己解体を、12分以上のモノローグで描いた内面の旅。 - Mistake Pageant by HUM
同アルバムの別曲。愛と錯覚、静寂と轟音の交差点にある美しさ。 - K by Cigarettes After Sex
記憶の中にしか存在しない恋人との距離を、囁くように描く現代的ドリームポップ。 - More by Autolux
存在の意味とつながりへの渇望を、浮遊する音と断片的な詩で描くスペースポップ。 -
The Calendar Hung Itself by Bright Eyes
時間と記憶に支配された感情の迷宮を、激しい吐露として歌い上げた衝動の塊。
6. “説明できない感情に、鳥はそっと寄り添ってくれる”
「Why I Like the Robins」は、言葉にできない感情の影を、そのまま音に閉じ込めたような楽曲である。
この曲が問いかけるのは、“なぜ好きなのか”という答えではない。むしろ、“理由がわからないのに、ずっと心に残ってしまうもの”が存在すること。そしてそれを大切に想うことが、失われた何かを生き直す唯一の方法かもしれないという、静かな祈りのような感覚だ。
春を告げる鳥のさえずりのように、この曲は誰かの記憶のなかでそっと響き続ける。それがどんなにささやかなものでも、それだけで十分に美しい。HUMはその事実を、このアルバムのラストトラックで私たちに告げている。
そして、エフェクトのかかったギターの残響とともに、語り手の声はフェードアウトしていく——まるで過去そのもののように。それは終わりではなく、静かな再生の合図なのかもしれない。
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