アルバムレビュー：When the Going Gets Tough, the Tough Get Going by Bow Wow Wow

発売日: 1983年3月25日
ジャンル: ニューウェイヴ、ダンスロック、ポップパンク

概要
全曲レビュー
総評
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概要

『When the Going Gets Tough, the Tough Get Going』は、Bow Wow Wowが1983年にリリースしたセカンド・フルアルバムであり、彼らの短いながらも鮮烈なキャリアにおける最後のスタジオ作でもある。
タイトルは「困難なときこそ、強い者が前に出る」という英語の諺から取られており、青春期のアイロニーとしたたかさを反映している。

前作『See Jungle! ～』で築いたアフロビート×ポストパンクの型破りなサウンドを踏襲しつつ、本作ではよりポップでアクセスしやすい方向へと舵を切っている。
マルコム・マクラーレンの影響が薄まり、アナベラ・ルウィン率いるバンド自身の美学と個性が前景化。
トレヴァー・ホーン（Art of Noise、Yes）との共同プロデュースが一部に関与し、80年代的なエレクトロ感やスリージーなポップセンスも取り込まれている。

このアルバムは、特にアメリカ市場での成功を意識した作風で、結果として彼ら最大のヒット曲「Do You Wanna Hold Me?」を生み出すことになる。
ジャングルから都市へ、プリミティヴから消費社会へと舞台を移したような、皮肉に満ちたエンターテインメントがここにある。

全曲レビュー

1. Aphrodisiac

開幕から軽快なギターカッティングとドラムが躍動する、セクシーでキャッチーなロックナンバー。
タイトルの通り、挑発的なリリックとアナベラのキュートな歌声が見事に融合している。

2. Do You Wanna Hold Me?

アルバム最大のヒット曲。
明快なサビ、リズミカルなリフ、そしてビーチ・ボーイズ風のコーラスにより、ダンサブルで親しみやすい仕上がり。
内容は恋愛のようでいて、実はメディアと消費社会への批評が忍ばせてある。

3. Roustabout

パーカッシヴな展開が特徴的なアップテンポのナンバー。
「放浪者」「旅芸人」というタイトルが示すように、自由と脱秩序をテーマにしている。
アフロビートの影響も感じられるギターの刻みが印象的。

4. Lonesome Tonight

一転してメランコリックなラブソング。
アナベラの切ないボーカルが響き、ニューウェイヴの中にもしっかりとしたエモーションを残す。
ギターはクリーンかつ淡く、80年代的な夢見心地を生み出している。

5. Love Me

疾走感あるギターと反復コーラスが特徴的な、ポップパンクに近い曲調。
「私を愛して！」というストレートな言葉が、ナイーヴでありながら攻撃的にも響く、Bow Wow Wowらしいアイロニー。

6. What’s the Time (Hey Buddy)

ノリの良いパーカッションと、子供の遊び歌のようなメロディが特徴。
バンド特有の“子供の視線”から世界を茶化すスタイルが前面に出ており、シュールかつ楽しい仕上がり。

7. Mario (Your Own Way to Paradise)

ややエキゾチックなリズムとトリッキーなメロディラインが魅力的なナンバー。
“マリオ”という架空のキャラクターを通して、自由や逃避の欲望を描いている。
変則的な構成と音響処理が耳を引く。

8. Quiver (Arrows in My)

感情の揺らぎを“矢が刺さる”という比喩で表現したダークなナンバー。
シンセとギターの絡みが不穏な空気を醸し、サイケデリックな要素も垣間見える。

9. The Man Mountain

中近東的な音階を思わせる旋律と、マーチング風のリズムが組み合わさった異色作。
都市と神話が混在したような不思議な世界観が展開される。
アルバム中もっともアヴァンギャルドな楽曲。

10. Rikki Dee

軽やかで明るいメロディに、やや風刺的なリリックが乗る。
当時の流行やファッション、メディアの“アイドル製造”への皮肉を含んでいるようにも読める。
コーラスが印象的で耳に残る。

11. Tommy Tucker

絵本的な人物名を冠した小品。
子供向けのようでありながら、言葉遊びや皮肉が詰まっている。
演奏もミニマルで、ポストパンク的遊び心が炸裂。

12. When the Going Gets Tough, the Tough Get Going

タイトル曲にしてクロージングナンバー。
明るくもスラップ感あるビートとポップなギターが絡み、アルバム全体を象徴するテーマ性が結実する。
「困難な時代」に生きる若者へのエールとも取れる前向きな一曲。

総評

『When the Going Gets Tough, the Tough Get Going』は、Bow Wow Wowがニューウェイヴの過激な実験性と、ポップのキャッチーさの両立を果たした最終到達点である。
そのサウンドは、もはや“ジャングルビートの奇天烈バンド”にとどまらず、しっかりとしたソングライティングと時代感覚に支えられた、ポストパンク後期のエンターテインメントとなっている。

アナベラ・ルウィンのヴォーカルもより表現力を増し、少女的魅力から女性的強さへと移行している印象がある。
また、楽曲それぞれが持つメッセージ性や風刺のセンスは、単なるポップを超え、1980年代のメディア化社会を批評する知性を感じさせる。

このアルバムを最後にバンドは解散し、Bow Wow Wowという名前は神話化されていくが、彼らが残したこの作品は、当時の音楽シーンにおける“野生と消費の交差点”を象徴する記録として、今なお聴き継がれるべき価値を持っている。