発売日: 2003年5月5日
ジャンル: ニュー・ウェイヴ、シンセ・ポップ、オルタナティブ・ロック、ポストパンク・リバイバル
概要
『Welcome to the Monkey House』は、The Dandy Warholsが2003年に発表した4作目のスタジオ・アルバムであり、サウンドの方向性を大きく転換した問題作である。
それまでのギターロック/サイケデリック路線から一転、本作ではシンセサイザーとエレクトロ・ビートを前面に押し出した、ニュー・ウェイヴ志向のサウンドが採用された。
プロデュースには元Duran Duranのニック・ローズが全面参加し、さらにはデヴィッド・ボウイのギタリストであるナイル・ロジャースもクレジットされるなど、1980年代のスタイルを明確に参照する“レトロ・フューチャリズム”の体現といえる。
タイトルはSF作家カート・ヴォネガットの短編集『モンキーハウスへようこそ』からの引用であり、内容にも社会風刺とユーモアが漂う。
とはいえ、本作が持つ“皮肉な享楽主義”や“冷笑的な人工性”は、前作『Thirteen Tales from Urban Bohemia』とは大きく質感を異にしており、賛否両論を呼ぶ挑戦的なアルバムとなった。
全曲レビュー
1. Welcome to the Monkey House
タイトル曲にしてアルバムのコンセプトを象徴するオープニング。
冷ややかなボーカルと電子音が支配する、まさに“機械の檻”にようこそという趣。
2. We Used to Be Friends
本作最大のヒット曲。
スカスカのビートとシンセ・リフが印象的な、ポップかつ毒のある一曲。
TVドラマ『ヴェロニカ・マーズ』の主題歌として知られる。
3. Plan A
ザラついたギターとアナログ・シンセが絡む攻撃的ナンバー。
「プランAがうまくいかないなら、それでも進むしかない」と語る、やや反骨的な内容。
4. The Dope (Wonderful You)
タイトルの“ドープ”は薬物だけでなく、“ヤバい”というスラング的用法も含意。
恍惚と気だるさが同居するスロウ・エレクトロ・ポップ。
5. I Am a Scientist
自己定義と孤独感をテーマにしたミニマルな楽曲。
“科学者である”という自己イメージは、制御欲求と観察者的態度のメタファーでもある。
6. I Am Over It
短くシンプルな、ややパンク調のナンバー。
“もう終わりにする”という反復が、脱力的な終末感を漂わせる。
7. The Dandy Warhols Love Almost Everyone
軽快でメロディックなポップ・ソング。
愛を語るふりをしながら、実は誰も本気では愛していないというシニカルな構造。
8. Insincere Because I
タイトル通り“不誠実”であることを自己言及的に認める、不安定なテンポの楽曲。
エレクトロとガレージの緊張感が融合している。
9. You Were the Last High
アルバムのハイライトのひとつであり、非常にドラマティックなメロディを持つバラード。
“君が最後の高揚だった”というフレーズが、退廃とロマンを同時に抱える。
ニック・ローズの影響が強く出たシンセアレンジも印象的。
10. Heavenly
エレガントなコード進行と浮遊感あるアレンジが際立つ美麗ポップ。
タイトル通りの“天上的”な快感があるが、どこか人工的で醒めた感触も残る。
11. I Am Sound
反復ビートと囁くようなボーカル。
“I am sound”という文の曖昧さが、アイデンティティの揺らぎを象徴する。
12. Hit Rock Bottom
ギターが前に出たミディアム・テンポのロックナンバー。
“どん底まで落ちた”というフレーズが、苦悩というよりもスタイルとして提示される。
13. You Come in Burned
7分を超えるエピローグ。
ノイズとリズムの断片、エフェクトの洪水が、まるで終わりなき夜を思わせる。
“燃え尽きて現れる君”という表現が、破壊と再生の寓話として響く。
総評
『Welcome to the Monkey House』は、The Dandy Warholsにとって最も過激かつ意図的な“変化”の記録である。
ここには、ギターロックの復権に貢献した前作とは真逆の、80年代風エレクトロ・ポップの冷たさと虚構性が溢れている。
それは裏を返せば、ロックというフォーマットに対する彼らのアイロニカルな姿勢がさらに突き詰められた結果とも言える。
ポップでありながら、どこか人を寄せつけない。踊れるのに、心を開かせない。
この作品は、リスナーに快楽と不安を同時に与える“ネオ・ボヘミアンの逆説的マニフェスト”である。
本作によってファン層が分断されたのも事実だが、現在ではこの作品をアートとしての実験性や当時の空気感を映し出す貴重なドキュメントとして再評価する動きも強い。
The Dandy Warholsは、あえて檻(=Monkey House)に入り、そこから世界を観察し続けていたのかもしれない。
おすすめアルバム
- Duran Duran / Rio
プロデューサー繋がりもある80sシンセ・ポップの金字塔。本作のルーツとも言える。 - Ladytron / Light & Magic
冷たいエレクトロ・ビートと退廃的美学の交差。『Monkey House』の姉妹作のような空気感。 - The Faint / Danse Macabre
シンセ・パンクとポストパンク・リバイバルの融合。攻撃性とスタイルの共存。 - Goldfrapp / Black Cherry
グラマラスで官能的、そして退廃的なエレクトロ・ポップの代表作。 -
MGMT / Congratulations
シンセ・ポップとアートロックの境界を行き来する、皮肉と実験精神の結晶。
ビジュアルとアートワーク
本作のジャケットは、ポップアート的でミニマリズムを感じさせるイラストと極彩色の組み合わせ。
ロキシー・ミュージックやデヴィッド・ボウイの70年代的センスを思わせる“アートとしての消費可能性”を強調したデザインとなっている。
バンド自身のヴィジュアル戦略も含めて、“ポップであること”“作られた存在であること”を誇示するような仕上がりは、本作のメタ的コンセプトを象徴する視覚演出であった。
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