発売日: 2012年10月12日
ジャンル: R&B、ヒップホップ・ソウル、オルタナティブR&B、アーバン・コンテンポラリー
概要
『Two Eleven』は、ブランディが2012年に発表した6枚目のスタジオ・アルバムであり、
彼女の音楽的復活と精神的リバースを象徴する、洗練と熱情に満ちたモダンR&B作品である。
タイトルの「Two Eleven(2/11)」は、彼女自身の誕生日(1979年2月11日)であり、同時に亡き恩師でありモチベーターだった**ホイットニー・ヒューストンの命日(2012年2月11日)**でもある。
この偶然を運命と受け止めたブランディは、本作を通じて新たなアーティストとしての自分を生き直すことを誓った。
プロデューサー陣にはMike WiLL Made-It、Bangladesh、Rico Love、Sean Garrettら旬の顔ぶれが並び、
サウンドは前作『Human』の内省的な空気から一転し、鋭利で都会的、かつクールで肉体的な現代R&Bの装いをまとっている。
それでいて、ブランディ特有の繊細なハーモニー、リズミカルな節回し、重層的ボーカルアレンジは健在であり、
“ヴォーカル・バイブル”としての本領が再び輝きを放つ作品となった。
全曲レビュー
1. Intro
穏やかなループトーンと囁き声のようなヴォーカルが漂う短い序章。都会の夜に目覚めるような感覚。
2. Wildest Dreams
幻想と現実のはざまで恋の幸福を語るスムースR&B。90年代R&Bのリズム感と現代的な洗練を融合させた1曲で、彼女らしい“甘さと誠実さ”が溢れる。
3. So Sick
恋に振り回された女性の“もううんざり”という感情を表現。ストレートな歌詞と浮遊感のあるビートが印象的なミッドテンポ。
4. Slower(feat. Chris Brown)
セクシャルかつリラックスしたムードが漂う一曲。ブランディのヴォーカルとクリス・ブラウンの掛け合いが都会的な色気を纏う。
5. No Such Thing As Too Late
恋人との未来を信じたいという想いを、抑制された感情で綴るミディアムバラード。サビの高揚感と裏腹に、不安もにじむ。
6. Let Me Go
サンプリングと電子音の大胆な組み合わせが冴えるアグレッシブなアップ。リリックでは「手放してくれ」と叫ぶような自立の決意が込められている。
7. Without You
ドラマティックなバラードで、ブランディの表現力が際立つ名曲。恋人不在の世界を情熱的に描き出し、サビの多重ハーモニーが鳥肌もの。
8. Put It Down(feat. Chris Brown)
アルバムのリードシングル。バウンシーなビートと挑発的なリリックが融合したクラブ向けアーバン・アンセム。ブランディの低音ヴォーカルが格好良く響く。
9. Hardly Breathing
息が詰まるような恋の終わりを、静かに吐露するエモーショナル・バラード。ハーモニーが涙のように繊細に降り注ぐ。
10. Do You Know What You Have?
サイバーでスローなラブソング。「あなたは自分が何を手にしているのか分かってるの?」と問いかけるセクシーかつ強気なリリック。
11. Scared of Beautiful
Frank Oceanが手がけたスピリチュアルなバラード。美しさや自己肯定感に対する不安と憧れが交錯し、自己との対話として聴こえる。
12. Wish Your Love Away
失恋の痛みと「いっそ愛などなければよかったのに」という切実な叫びが響くエレガントなミッドテンポ。アレンジも上品で、余韻を残す。
13. Paint This House
恋というキャンバスに感情を塗り重ねるような、美しいバラード。愛の始まりと終わりを同時に描くような叙情性がある。
総評
『Two Eleven』は、ブランディにとって**“自己の再構築”と“時代との再接続”**を果たした重要作であり、
キャリア中盤にして最もスタイリッシュで洗練されたモダンR&B作品である。
全体を通して、無駄を削ぎ落としたミニマルなプロダクションと、
それを“深さ”で支えるブランディの多層的なヴォーカル・アーキテクチャが絶妙なバランスを保っており、
音数は少ないのに、情緒は極めて豊かという、まさに“成熟した音楽”のあり方を提示している。
彼女がキャリア初期に築いた“ティーン・アイコン”のイメージはここで完全に脱却し、
音楽的にも精神的にも大人の女性としての知性、優しさ、苦悩と希望をしっかりと伝えている。
おすすめアルバム(5枚)
- Dawn Richard『Goldenheart』
未来的R&Bと情緒の融合。Brandy同様に構築的なボーカルが魅力。 - Frank Ocean『channel ORANGE』
内省と語りのR&B。『Scared of Beautiful』との共鳴も深い。 - Tinashe『Aquarius』
シルキーで都会的な現代R&Bの代表作。トーンや雰囲気が似ている。 - Sevyn Streeter『Girl Disrupted』
現代的なプロダクションとエモーショナルなヴォーカルが共通。 -
Tamar Braxton『Love and War』
ダイナミックな感情表現とモダンR&Bの融合。Brandyと同じ“ヴォーカルの深さ”がある。
後続作品とのつながり
『Two Eleven』以降、ブランディは再び表舞台からやや距離を置くが、
2020年には6年ぶりのアルバム『B7』を発表し、R&B界に再び深い爪痕を残す。
その“繋ぎ”としての『Two Eleven』は、
過去と未来を繋ぎ直す“橋”のような作品であり、
彼女の再生と継続の意志を静かに、しかし確かに刻んだ記録なのである。
コメント