発売日: 未発表(シングルリリース:2020年)
ジャンル: R&B、ヒップホップ・ソウル、ネオソウル
概要
『Trenches』は、モニカが2020年に発表した同名シングルを核に展開した未完成のアルバムプロジェクトであり、
モニカのキャリア第3章を告げる「ストリートからの証言」として構想された作品群である。
2015年の『Code Red』以来、正式なアルバムはリリースされておらず、
『Trenches』はその空白を破る「復帰作」として位置づけられていた。
しかし、コロナ禍と業界構造の変化、さらにレーベルの独立化(MoTalkレーベルの設立)を背景に、
アルバム全体の完成は延期され、今日に至るまで正式リリースには至っていない。
ただし、公開されたシングル群やライブでの発言、SNSでの予告により、
『Trenches』というプロジェクトには「愛」「苦悩」「忠誠」「母性」など、モニカの人生そのものが強く投影されていたことが明らかとなっている。
その中核をなすのが、Lil Babyとのコラボによる表題曲「Trenches」である。
楽曲レビュー(公開曲を中心に)
Trenches (feat. Lil Baby)
浮遊感のあるミニマルなトラックに、深いグルーヴと感情の残響が重なる。
「私は溝(Trenches)の中で生きてきた——でもそこで愛も知った」
というリリックが示す通り、
貧困、暴力、差別といった“アメリカの裏側”を知る女性としての、強さと脆さの両面を浮き彫りにする。
Lil Babyのラップは、現代のストリートを代表する声としてのリアリティを添え、
モニカの成熟したソウルヴォイスと美しく対比を成している。
Commitment
2019年に先行公開されたこの楽曲は、「裏切らない関係」に求める誠実さを描いたスロージャム。
ビートはシンプルで心地よく、モニカの声が全面に押し出された構成。
インディチャートで1位を獲得するなど、復帰作としての強い反響を得た。
Me + You
愛の持続と信頼をテーマにしたポジティブなミッドテンポソング。
愛を“方程式”のように表現するリリックがユニークで、
同時にモニカの柔らかな一面も感じられる作品である。
総評
『Trenches』は、リリースされなかったにも関わらず、モニカの“現在”を象徴する重要なプロジェクトとなった。
その理由は、リリックの内省性や音像の変化だけではない。
『Still Standing』『Code Red』を経て、モニカは自己の物語を語るだけでなく、
コミュニティ、子どもたち、次世代の声を代弁する“語り部”のような存在へと変化してきた。
『Trenches』が示すのは、彼女がいま「社会の傷口」に立ち、なお美しく歌う姿である。
モニカがインディペンデントレーベルで再出発を図ったことも、本作の精神性と重なる。
大手レーベルの指示ではなく、自分自身の声で物語を紡ぎたい——その意志の強さが、
未完成のままでもこのプロジェクトを“聴く価値のあるもの”として成立させているのだ。
正式なアルバムとしてのリリースが叶えば、それは単なる音楽作品ではなく、
モニカが生きた証そのものとなるだろう。
おすすめアルバム(5枚)
- Summer Walker『Still Over It』
現代的なビートと内省的なリリックが重なる女性R&Bの名作。 - Brandy『B7』
自己の内面と現代性を融合させた復帰作という点で類似。 - Kehlani『It Was Good Until It Wasn’t』
都会的で感情的なR&Bサウンドに共振性あり。 - Ari Lennox『Shea Butter Baby』
ソウルと現代の融合、女性視点のストリート性が響き合う。 -
Mary J. Blige『Strength of a Woman』
苦悩と美しさを併せ持つR&B表現の系譜としての接点。
9. 後続作品とのつながり
『Trenches』というプロジェクトは、未完成でありながらモニカの次章を開いた。
彼女はその後、カントリーへの挑戦やモータウンとの再契約など、新たな音楽的方向性へと歩みを進めている。
この作品群が示唆した「誠実さ」や「ストリートとの共鳴」は、
今後の彼女のディスコグラフィにも深く根付いていくに違いない。
『Trenches』は、いわば過去と未来を繋ぐ、まだ語り終えられていない章なのである。
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