1. 歌詞の概要
「Til I Get Over You」は、ミッシェル・ブランチのセカンドアルバム『Hotel Paper』(2003年)に収録された珠玉のバラードである。恋が終わったあとの空白、ぽっかりと心にあいた穴を、静かに、しかし確かな感情で描き出した本作は、「別れの後に残された“私”」の視点から綴られた一篇の叙情詩のようでもある。
タイトルの「Til I Get Over You(あなたを忘れられるその時まで)」というフレーズが象徴するように、この曲が語るのは“終わった恋を受け入れきれない日々”。語り手は前を向こうとしているが、そこにはまだ未練、後悔、記憶があり、すぐには歩き出せない現実がある。だからこそ彼女は、ただ一つの時間の処方――“忘れるまで”という言葉に身を預けるしかない。
アルバム中でもひときわ物静かで、ピアノと弦の繊細なアレンジに支えられたこの楽曲は、聴く者の胸の奥に優しく沈んでいく。ブランチのかすかに震えるボーカルには、悲しみと希望、その両方が宿っている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Til I Get Over You」は、パリで書かれたという経緯を持ち、ブランチにとって特別な意味を持つ楽曲でもある。彼女はこの曲の制作中に、ヨーロッパの街の静けさや哀愁に強く影響を受けたと語っている。実際、どこかシャンソンを思わせる旋律や、室内楽的な編成は、アメリカン・ポップとは一線を画す風合いを持っている。
また、アルバム『Hotel Paper』は全体として「旅」と「移動」をテーマにしており、「Til I Get Over You」はその旅の終着点のような位置づけにも感じられる。恋が終わったあとに一人で訪れた異国の地で、自分自身と向き合いながら心を整理する――そんなビジュアルが自然と浮かび上がってくるのだ。
当時20歳そこそこであったブランチが見せたこの成熟した表現力は、彼女がシンガーソングライターとしてどれほど早熟だったかを物語っている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Every time I feel alone
ひとりぼっちだと感じるたびにI can blame it on you
あなたのせいにしてしまうAnd I do
そして、そうしてしまうのYou got me like a loaded gun
あなたは私を、撃鉄を起こした銃のようにしたGolden sun and sky so blue
金色の太陽と青すぎる空We both know that we want it
私たちは、お互いにまだ求めているのをわかってるBut we both know you left me no choice
でもあなたは、私に選択肢なんて残さなかったEvery night I scream your name
毎晩あなたの名前を叫んでるI miss you
あなたがいないのが寂しいTil I get over you
忘れられるその時まで
引用元:Genius Lyrics – Michelle Branch / Til I Get Over You
4. 歌詞の考察
「Til I Get Over You」は、“癒えるまでの時間”を淡々と受け入れていく過程を描いた歌である。それは決して劇的な怒りや絶望ではなく、むしろ、静かにしみ出すような痛みだ。別れに理由を求めても、もはや相手はいない。そして残された自分の心だけが、次の一歩を決めなければならない。
興味深いのは、この楽曲に登場する“相手”が、ほとんど過去の幻影として描かれている点だ。つまり、歌詞の中の「あなた」はもう物理的には存在しておらず、残っているのは記憶と感情の残像だけなのである。ゆえに、語り手が対峙しているのは“他人”ではなく“自分自身”なのだ。
「Every night I scream your name」という一節には、感情の高まりが滲んでいるが、その直後には「Til I get over you」という諦念にも似たリフレインが続く。この繰り返しは、“悲しみのループ”を表しているようでもあり、同時に、“そこから脱するための自己暗示”でもあるのかもしれない。
「時間が癒してくれる」――その真理を、ミッシェル・ブランチはこの曲で静かに提示している。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Someone Like You” by Adele
失った愛を受け入れる決意と、その温かい諦めを描いた名バラード。 - “Back to December” by Taylor Swift
後悔と時間の重さを優しく描いた、別れのあとに残る思いを綴った作品。 - “I Can’t Make You Love Me” by Bonnie Raitt
愛されないことを悟る切なさと、そこに潜む静かな強さ。 - “Shadow” by Ashlee Simpson
喪失と自立のはざまで揺れる心を描いた内省的な一曲。 - “Not a Day Goes By” by Lonestar
日々の中に残る愛の記憶と、それを乗り越えるための時間の旅。
6. 特筆すべき事項:ポップソングに宿る“ヨーロッパ的感傷”
「Til I Get Over You」が他のミッシェル・ブランチの楽曲と一線を画している理由のひとつは、その「ヨーロッパ的な情緒性」である。アメリカのポップスに見られる快活さや前向きさとは異なり、この楽曲はパリの曇り空のような翳りを帯びている。
それは、ブランチがこの楽曲をパリで書いたという環境による影響も大きい。異国で感じた孤独や距離感、誰にも話せない想いが、この曲の空気感を形作っているのだ。
「Til I Get Over You」は、別れの傷を美しく包み込むような楽曲であり、聴き手にとっては“自分の痛みをそっと預けられる場所”のようでもある。音楽が時に寄り添い、時に代弁してくれることを、改めて実感させてくれる名曲である。
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