
1. 歌詞の概要
「This Wheel’s on Fire」は、ザ・バンドが1968年に発表したデビューアルバム『Music from Big Pink』に収録された楽曲である。ボブ・ディランとリック・ダンコが共作した曲であり、ディランの『The Basement Tapes』期のセッションから生まれたもののひとつである。歌詞は「炎に包まれた車輪」という強烈なイメージを核に据え、破滅や変化、避けられぬ運命を暗示する内容になっている。そのイメージは黙示録的であり、同時に予言のようでもある。
リック・ダンコが歌うリードボーカルは、切迫感と冷ややかさを併せ持ち、ディランの曖昧で象徴的な言葉にリアルな人間的感情を与えている。全体的に、未来への不安や、裏切りと真実の暴露といったテーマが滲み出ており、ザ・バンドの持つ重厚でありながらどこか土臭いサウンドと調和している。
2. 歌詞のバックグラウンド
「This Wheel’s on Fire」は、ディランがウッドストックでザ・バンドと共に録音した「ベースメント・テープス」からの代表的な一曲である。ディランが歌詞を書き、ザ・バンドのリック・ダンコが音楽を仕上げたとされる。ベースメント・セッションは、当時のロックに漂っていたサイケデリックの熱狂から距離を取り、アメリカの伝統音楽に根ざしたシンプルで深みのあるサウンドを志向していた。
歌詞の内容は非常に暗示的である。「この車輪は燃えている」という強烈なイメージは、単なる比喩以上に、変化と崩壊の必然性を告げるメッセージのようにも響く。約束を守らなかった者への告発、もしくは真実が明らかになっていく過程を示唆しているとも解釈できる。
また、この曲は後にジュリー・ドリスコール&ブライアン・オーガー・トリニティによるカヴァー(1968年)が全英チャートでトップ10入りし、さらにディラン自身も『The Basement Tapes』で公式にリリースしている。つまり、ザ・バンド版だけでなく、多くの解釈を生んだ楽曲であり、ディラン=ザ・バンドの結びつきを象徴する存在でもあるのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に一部を抜粋し、和訳を示す。(参照:Genius Lyrics)
If your memory serves you well
We were going to meet again and wait
もし君の記憶が正しいなら
僕らは再び会って待つはずだった
So I’m going to unpack all my things
And sit before it gets too late
だから僕は荷物を広げ
遅くならぬうちに腰を下ろす
This wheel’s on fire
Rolling down the road
この車輪は燃えている
道を転がり落ちていく
Best notify my next of kin
This wheel shall explode!
親族に知らせておけ
この車輪はやがて爆発する!
4. 歌詞の考察
「This Wheel’s on Fire」の歌詞は、明確な物語ではなく、断片的なイメージを通して不穏な未来を示唆する。曲全体を支配するのは「車輪が燃えている」という比喩であり、これは人生の進行そのものが制御不能な破滅に向かって転がっているような感覚を象徴している。
また、「もし君の記憶が正しいなら」という出だしの一節は、人間関係における裏切りや誤解を示すようでもある。約束や過去の出来事に言及しつつも、それが真実であったのかは曖昧にされている。真実がやがて暴かれることを予告するような調子もあり、その先には破滅的な結末が待ち構えている。
ディランの言葉は多義的で、時に寓話のようにも響く。この曲では「車輪=時間や運命」「炎=破滅や暴露」「爆発=不可避の結末」と読むこともできるだろう。そうした抽象的なイメージを、リック・ダンコの焦燥感に満ちたボーカルとザ・バンドの粘りつくようなアンサンブルが肉体化し、曲は象徴的な迫力を帯びている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- The Weight by The Band
同じ『Music from Big Pink』から、寓話的で象徴性に富んだ代表曲。 - Tears of Rage by The Band
ディランとの共作で、人間関係の裏切りや痛みを描いた深いバラード。 - This Wheel’s on Fire by Julie Driscoll & Brian Auger
サイケデリック色の強いカヴァーで、全英チャートを賑わせた。 - Ballad of a Thin Man by Bob Dylan
象徴的で不条理なイメージに満ちたディランの代表曲。 - King Harvest (Has Surely Come) by The Band
不穏な予感を孕んだ歌詞と濃密なサウンドが共鳴する一曲。
6. 運命の車輪とディラン=ザ・バンドの結びつき
「This Wheel’s on Fire」は、ディランとザ・バンドの関係を象徴する曲として重要である。ディランの詩的で難解な言葉を、ザ・バンドが豊かな演奏とボーカルで具体化し、聴き手に強烈な現実感を与える。その融合は、1960年代後半のロックシーンにおける新たな方向性を示すものだった。炎に包まれた車輪は、時代そのものの不安や熱狂をも暗示しているのかもしれない。ザ・バンドの演奏によって、その象徴性はさらに力強く、普遍的な響きを持ち続けているのだ。
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