1. 歌詞の概要
「This Fractured Mind（ディス・フラクチャード・マインド）」は、ブルックリン出身のシンセポップ・バンド Nation of Language（ネイション・オブ・ランゲージ）が2021年に発表した2ndアルバム『A Way Forward』に収録された楽曲であり、思考の断片化、自意識の暴走、そして内面との終わりなき対話を描いた、モダン・ニューウェーブの代表作ともいえる一曲である。
タイトルの「Fractured Mind（壊れた心／分裂した思考）」が示すとおり、この楽曲は明晰でいられない現実に翻弄される語り手の内的な葛藤を主軸にしている。
恋愛、社会、未来、自分自身……複数の「問い」が一気に押し寄せてくるような混乱の中で、語り手は「考えすぎてしまう自分」とどうにか折り合いをつけようとしている。
ビートは軽快でありながら、音の背後にはつねに**“不安と高揚が共存する”ような緊張感**が流れており、Nation of Languageらしいポストパンク的メランコリーとエレポップ的陶酔の美学が存分に発揮されている。
2. 歌詞のバックグラウンド
ヴォーカルのイアン・デヴァニーは、この楽曲について「思考過多（overthinking）の状態を音で表現した」と明言しており、特にパンデミック中に感じた孤立や精神的負荷が創作の背景にあったと語っている。
『A Way Forward』というアルバムタイトル自体が「前に進む方法」を模索するという意味を持っており、「This Fractured Mind」はその中でも最も**“混乱と足踏み”を正直に描いた曲**だと言える。
サウンド面では、KraftwerkやOMD、New Orderといった80年代シンセポップ／ニューウェーブの影響が色濃く、シンセサイザーのミニマルな反復が、思考の渦に巻き込まれていくような感覚をリスナーにもたらしている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Every time I hear you say
You’ll never walk away
I feel the shadow on my back
Grow darker every day
「君は絶対に去らない」と言われるたび
僕の背中の影は
日に日に濃くなっていくんだ
What a way to spend the night
Reading books and asking why
I keep falling for the lies
なんて夜の過ごし方だろう
本を読んで、“なぜ？”と問いかけて
また同じ嘘に引っかかっている
I can’t get out of this fractured mind
I can’t get out of this fractured mind
この壊れた思考から
僕は抜け出せないんだ
歌詞引用元：Genius – Nation of Language “This Fractured Mind”
4. 歌詞の考察
「This Fractured Mind」は、自意識が過剰に働いてしまうことで身動きが取れなくなった人間の内部構造を、音と言葉で繊細に映し出した楽曲である。
とりわけ「I can’t get out of this fractured mind（この壊れた思考から抜け出せない）」というリフレインは、現代的な“考えすぎる人”の心情をそのまま代弁するような言葉であり、リスナーに痛切な共感を呼び起こす。
「君は絶対に離れない」と言われているにもかかわらず、背中に影が伸びていく感覚。
それは、安心すらも疑ってしまうほど不安定な自己認識の表れであり、愛や信頼の中にも「崩れてしまうかもしれない」という予感を捨てきれない心理が透けて見える。
また、「本を読みながら“なぜ？”を繰り返す夜」という描写は、知識や言葉に頼ろうとしながらも、根本的な疑問には答えが見つからないというもどかしさを象徴している。
この一節は、SNSや情報に溢れた現代社会の“思考の迷路”のようでもあり、そこに閉じ込められた若者の姿が浮かび上がる。
Nation of Languageはこの曲で、「思考を止められない自分」との共存を試みながらも、音楽によってその苦しさを“風景”として描くことで、聴く者の感情に居場所を与えている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Bizarre Love Triangle by New Order
混乱した感情と関係の中で揺れる心を、ダンサブルなビートに乗せたニューウェーブの象徴的楽曲。 - Talk by Coldplay
思考と対話を繰り返す自問のプロセスを、シンプルで深みのあるメロディで表現した楽曲。 - Isolation by Joy Division
自分の存在と内面の断絶を、冷徹なリズムと共に表現したポストパンクの原点。 -
For the Damaged Coda by Blonde Redhead
断片的な感情の層を重ねて“壊れかけた精神”を音楽化した美しくも陰のある楽曲。 -
Oblivion by Grimes
感情の不安定さと自己防衛のメカニズムを、幻想的なエレクトロ・ポップで描いた名曲。
6. “考えすぎて壊れていく心”を、どう肯定するか
「This Fractured Mind」は、思考が暴走してしまう時の自分を、否定せずにそのまま描き出すことの強さを持った楽曲である。
壊れそうな心。答えの出ない問い。言葉にできない不安。それらを正面から見つめ、音楽というかたちで包み込む。
この曲は、「大丈夫にならなくても、大丈夫」と言ってくれているような、現代人の内面に寄り添う優しさを秘めている。
「This Fractured Mind」は、“思考の迷宮”の中で生きる私たちのための、静かで深い共感の歌である。
Nation of Languageはこの曲で、「考えすぎるあなた」の存在を、そのまま音楽として肯定している。
それは、逃げ道ではなく、“ここにいていい”と伝えてくれる、ひとつの優しい出口なのだ。
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