発売日: 1985年8月
ジャンル: ポストパンク、ネオサイケデリア、ニューウェイブ
概要
『The Small Price of a Bicycle』は、The Icicle Worksが1985年に発表したセカンド・アルバムであり、前作の文学的かつ情熱的な美学をさらに深め、より複雑な構成と音の広がりを見せる野心作である。
タイトルが象徴するように、この作品は一見風変わりなイメージを纏いながら、実のところ鋭い観察眼と詩的な思索に満ちている。
イアン・マクナブ率いるバンドは、デビュー作『The Icicle Works』で確立したサウンドを軸に、よりアレンジ面での多様性を打ち出し、音楽的レンジを広げていった。
しかし、本作は当初アメリカでのリリースが見送られたこともあり、評価が一部地域に留まる傾向にあった。
だが、内包する内容の密度は極めて高く、80年代のブリティッシュ・ギターロックにおける隠れた傑作として、今なお根強い支持を集めている。
全曲レビュー
1. Hollow Horse
本作の幕開けを飾る、印象的なギターリフと前向きなメロディが特徴のキラーチューン。
「中空の馬」という比喩は、空虚な約束や偽りの希望を象徴する。
しかし、その上で語られる歌詞には、自分を信じることの強さと自己変革の可能性が込められている。
バンドの代表曲のひとつでありながら、商業主義とは距離を置いた独立精神を感じさせる。
2. Perambulator
リズミカルなギターと変則的なリズム展開が特徴の実験的楽曲。
タイトルの「ペランビュレーター（乳母車）」という奇妙な語感が、サイケデリックな世界観を裏打ちする。
歌詞は断片的かつイメージ主義的で、聴き手の解釈を大きく委ねる構造となっている。
3. Seven Horses
幻想的なイントロから始まるミッドテンポの曲で、「7頭の馬」というシンボルには、終末思想や神話的な比喩が感じられる。
疾走感と緊張感のバランスが絶妙で、バンドの叙情的かつドラマティックな側面を強く押し出す楽曲である。
間奏でのギターの重ね方に、クラシカルな美意識すら感じられる。
4. Rapids
短く、鋭利なナンバー。
激流（rapids）の名にふさわしく、急激な展開と緊張感に満ちた演奏が印象を残す。
パンク的な衝動とポストパンク的な知性が交差し、アルバムの中でも異色の疾走感を誇る。
5. Windfall
抑制されたテンションと柔らかな旋律が特徴のバラード。
“思わぬ収穫”というタイトルの通り、偶発的に訪れる幸運や、その裏に潜む代償への不安がテーマとして浮かび上がる。
イアン・マクナブの内省的な歌唱が、淡くも深い情感を醸し出している。
6. Assumed Sundown
夕暮れ時の曖昧な感情を描いたような詩的タイトル。
しっとりとしたアレンジとシンプルなギターが心地よく、メランコリックなムードを引き立てる。
バンドの叙情性がもっともピュアな形で表現された一曲である。
7. Saint’s Sojourn
スピリチュアルなタイトルが示すように、内面的な旅や精神性がテーマとなっている。
サウンドはシンプルながらも神秘性が漂い、ドラムとギターのパルスが瞑想的な効果をもたらす。
宗教的な言葉遣いが散りばめられ、音楽が祈りに近づく瞬間がある。
8. All the Daughters (of Her Father’s House)
異様な緊張感を持つ中編的楽曲。
ジェンダーや家族制度、社会的制約への皮肉が感じられるタイトルと歌詞。
イギリス的なリアリズムと幻想が交差する複雑な構成で、バンドの文学性が最も色濃く出た一曲とも言える。
9. Book of Reason
理性の書というタイトルが示すように、思索的な内容を持つ哲学的楽曲。
メロディは比較的明快でありながら、歌詞には二律背反や人間の不安定さが色濃く反映されている。
ロジックと感情の間で揺れる内面世界を、音と詩で丁寧に描写している。
10. Conscience of Kings
アルバムのクライマックスを飾る、壮大なスケールを持つ楽曲。
王たちの良心というタイトルは、権力と倫理の衝突を象徴し、社会的・政治的なテーマにまで踏み込む。
コーラスの重ね方、展開のダイナミズム、そしてラストに向けての昂揚感が、まるで一つの小説のような起承転結を構成している。
総評
『The Small Price of a Bicycle』は、The Icicle Worksの内面性と音楽的探求が見事に結実したアルバムであり、彼らの作品群の中でもとりわけ深みと強度を併せ持つ傑作である。
本作は、デビュー作で提示された「詩的ロック」の方向性をさらに推し進め、音響的にも構成的にもスケールアップしている。
同時に、歌詞の主題はより社会的・哲学的な領域にまで広がり、個人的な情緒と時代の空気が複雑に絡み合う構造となっている。
アレンジには一貫した美学がありつつも、多彩なアイディアが散りばめられ、アルバムとしての起伏と密度に富んでいる。
商業的な成功には繋がらなかったが、その芸術的な完成度は後年になって再評価が進みつつある。
本作は、詩的なロック、深い内省、構築的なアレンジを好むリスナーにとって、ぜひ聴くべき一枚である。
おすすめアルバム（5枚）
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The Blue Nile – A Walk Across the Rooftops (1984)
内省的で繊細なサウンドと文学的歌詞が共鳴する静かな名作。 -
The Chameleons – What Does Anything Mean? Basically (1985)
幻想と現実を織り交ぜたリリシズムが本作と通じ合う。 -
Prefab Sprout – Steve McQueen (1985)
80年代的でありながら普遍的な美しさを持つ詩的ロック作品。 -
The Go-Betweens – Spring Hill Fair (1984)
情感のこもったギターポップと文学的視点の融合。 -
Lloyd Cole and the Commotions – Rattlesnakes (1984)
イギリス文学を思わせる知的な歌詞と、洗練されたポップセンスが魅力。
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