
発売日: 1965年8月
ジャンル: フォーク、アコースティック、シンガーソングライター
『The Paul Simon Songbook』は、Paul Simon が1965年に発表したアルバムである。
当時のポールは、アメリカとイギリスを往復しながら、
自身の音楽がどこに向かうべきかを深く模索していた時期にあった。
Simon & Garfunkel としてデビューはしていたものの、
まだ成功には至っておらず、
ニューヨークのフォークシーンでも
ロンドンのクラブシーンでも“まだ名の知られていない若きソングライター”だった。
『The Paul Simon Songbook』は、
その孤独と向き合うようにして作られた作品であり、
ポールがギター1本で歌い、
最も飾り気のない形で収められた
“原点のポール・サイモン”を聴くことができる。
のちに Simon & Garfunkel の代表曲となる
「I Am a Rock」「Kathy’s Song」「The Sound of Silence」
などの初期バージョンが多数収録されており、
彼がどれほど早くからソングライターとして成熟していたかがよくわかる。
制作はロンドンで行われ、
当時ポールが身を寄せていたささやかな部屋の生活感や孤独、
ヨーロッパの風景、そして内向的な日記のような心境が
そのまま曲に染み込んでいる。
もともと商業的成功を狙って作られた作品ではなく、
“旅の途中の自分を記録したアルバム”として
静かに発表されたものだった。
全曲レビュー
1曲目:I Am a Rock
後に大ヒットとなる楽曲の初期バージョン。
アレンジは極限までシンプルだが、
孤独を武装するような歌詞はすでに完成されている。
2曲目:Leaves That Are Green
若いメロディメーカーとしての爽やかさが際立つ一曲。
時間の流れと人の移ろいをテーマにした、
ポールらしい詩的な視点が早くも現れる。
3曲目:A Church Is Burning
社会的テーマに切り込む姿勢が強く表れた楽曲。
後年のポールの“シビアな視線”の萌芽でもある。
4曲目:April Come She Will
シンプルなギターと静かな歌声。
季節を通して恋の儚さを描く、詩のような美しさを持つ。
5曲目:The Sound of Silence
後の壮大なアレンジとは対照的なアコースティック版。
孤独と疎外感を静かに放つ、“原点の沈黙”。
6曲目:A Most Peculiar Man
淡々とした語りの裏に、深い哀しみが潜む。
ポールの“人間観察者としての資質”が色濃い。
7曲目:He Was My Brother
友人への追悼を歌った曲で、
社会情勢と個人の感情を結びつける表現力が際立つ。
8曲目:Kathy’s Song
ポールが当時の恋人キャサリンに捧げた名曲。
温かさと孤独、愛と不安が繊細に織り交ざる、
初期ポールの最高傑作のひとつ。
9曲目:The Side of a Hill
後年の「Scarborough Fair / Canticle」に引用される
歴史を感じさせる美しい曲。
物語性の強さが光る。
10曲目:A Simple Desultory Philippic
ボブ・ディラン調のパロディとして知られる楽曲。
ユーモアと批評精神が共存する立体的な小品。
11曲目:Flowers Never Bend with the Rainfall
哲学的な歌詞と軽やかなメロディの対比が印象的。
ポールらしい“静かな強さ”が宿る。
12曲目:Patterns
生のギターと声で、人生の決まった構造(パターン)の
不可避性を静かに見つめる曲。
後年のポールの思想の基礎が見える。
13曲目:I Am a Rock(別バージョン)
アルバムのダイジェストのように機能する再演。
若いソングライターの確信がにじむ。
総評
『The Paul Simon Songbook』は、
Paul Simon のキャリア全体を見渡しても
最も素朴で、最も個人的で、最も静かな作品である。
特徴を整理すると、
- ギター1本と歌声のみの極限まで削ぎ落としたスタイル
- 後の名曲の“胎動”を聴ける貴重な記録
- 自己探求と孤独を描く若きポールの生々しさ
- ロンドンの下宿生活という環境が生んだ閉じた美しさ
- 有名になる前のアーティストの“純粋な声”
本作は、煌びやかなサイモン&ガーファンクルの成功とは対照的に、
“まだ知られていない才能が、誰にも頼らず歌う”
という特別なドキュメントでもある。
同時代のフォーク作品と比べると、
・Bob Dylan の初期フォーク
・Bert Jansch の英国フォーク
・Jackson C. Frank の影の深さ
と近いように見えるが、
ポールはあくまでポールらしく、
メロディの明晰さと観察力が際立つ。
『The Paul Simon Songbook』は、
成功の前、名声の前、アレンジの前に存在する、
ソングライターそのものの姿を描いた稀有なアルバムであり、
現在では“初期の至宝”として再評価されている。
おすすめアルバム(5枚)
- Wednesday Morning, 3 A.M. / Simon & Garfunkel
ポールの原点がそのままつながる初期作品。 - Sounds of Silence / Simon & Garfunkel
大ヒット版「The Sound of Silence」へと至る進化がわかる。 - Bert Jansch / Bert Jansch
ロンドンのフォークシーンの空気を共有する。 - Jackson C. Frank / Jackson C. Frank
同時期の内省的フォークとして相性が良い。 - Bob Dylan / The Freewheelin’ Bob Dylan
若きシンガーソングライターの詩的感性が響き合う。
制作の裏側(任意セクション)
ポールは当時、
・ニューヨークでのデビューがうまくいかず
・ロンドンでのフォークシーンにも馴染めず
“自分の歌をただ記録する”ためだけに本作を制作した。
スタジオではほぼ一発録りで、
装飾を排した録音はまるで日記のよう。
「Kathy’s Song」に代表されるように、
当時の恋人キャサリンとの旅や生活が直接的に反映され、
本作は“若き日のポールの私生活そのもの”でもある。
のちにポールはこの作品をしばらく封印するが、
時代が進むほどその価値は高まり、
現在では彼の初期キャリアを語る上で欠かせない一枚となっている。


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