
1. 歌詞の概要
「Take the Long Way Home(テイク・ザ・ロング・ウェイ・ホーム)」は、スーパートランプ(Supertramp)が1979年に発表したアルバム『Breakfast in America』に収録されたシングルであり、全米チャートで10位を記録したヒット曲である。軽快なピアノリフとキャッチーなメロディに包まれたこの曲は、帰り道を遠回りする男の心情を通じて、家庭・社会・自我との葛藤を描いた深遠な内容を持っている。
一見すると「家に帰りたくない男」の軽口のようだが、実際の歌詞はきわめて複雑で、現代における男の孤独、アイデンティティの揺らぎ、愛と無力感の交差点が静かに、しかし鋭く描かれている。誰しも一度は経験したことのある“帰りたくない夜”の感情を、詩的でユーモラスな表現とともに提示するこの楽曲は、スーパートランプの叙情性と哲学性を象徴する一曲でもある。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Take the Long Way Home」は、バンドの中心メンバーであり高音ヴォーカルが特徴の**ロジャー・ホジソン(Roger Hodgson)**によって書かれた。彼はインタビューの中で、この曲が人生における「自分の居場所」や「他人の目にどう映っているか」に関する問いから生まれたと語っている。
とくに本作は、アルバム『Breakfast in America』の全体的なテーマ――アメリカ文化への憧れと皮肉、個人の自由と空虚の交差――を個人レベルで凝縮したような作品であり、スーパートランプが得意とする「明るいサウンドと影のある歌詞」の典型とされる。
また、1970年代後半は、家庭と社会の役割に疑問を抱く男性像が音楽や映画の中でも描かれるようになった時代であり、本作の「長い帰り道」もまた、そうした時代の空気と深く結びついている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
So you think you’re a Romeo
だから自分をロミオか何かだと思ってるんだろう?Playing a part in a picture show
映画の中の主人公を演じてるつもりなんだよなWell, take the long way home
だったら遠回りして帰ればいいさTake the long way home
家に帰る道を、わざと長くすればいい‘Cause you’re the joke of the neighborhood
近所じゃ笑いものさWhy should you care if you’re feeling good?
でも気分がよけりゃ、そんなの気にすることないんじゃないか?
(参照元:Lyrics.com – Take the Long Way Home)
言葉には嘲りと慈しみが交錯しており、“笑いもの”である現実と、それでも“自分らしくいたい”という抵抗が同居している。
4. 歌詞の考察
この楽曲の核心にあるのは、自分の存在が誰かにとってどうでもよいものになってしまっている、という虚無感である。家庭では妻に軽んじられ、社会では役割を演じるだけの存在。そんな“男の黄昏”を、軽妙なリズムとともに綴ったのが「Take the Long Way Home」だ。
タイトルにある「遠回りして帰る」という行為は、文字通りの意味以上に、現実からの逃避、あるいは自分と向き合うための小さな旅を象徴している。家にすぐに帰ることはできる。でも、今の自分では帰りたくない。そんな葛藤を、ホジソンはあくまで優しく、時に茶化すように描いている。
また、サビでは「君が気分よく過ごせてるなら、それでいいじゃないか」という言葉が繰り返されるが、そこには自嘲とも慰めともつかない曖昧な感情が宿っている。何かを成し遂げなくても、誰にも認められなくても、ただ心地よく生きていたい――そんなささやかな希望と、そこにたどり着けない現実とのギャップこそが、この曲の哀しさであり美しさなのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Father and Son by Cat Stevens
親子間のすれ違いと人生観の違いを静かに描いた名曲。内面の葛藤が共鳴する。 - Riders on the Storm by The Doors
孤独な旅路を象徴するようなドリーミーで物憂げな世界観が響き合う。 - The Pretender by Jackson Browne
理想と現実の狭間で生きる現代人の姿を、シニカルに描いた社会的バラッド。 - Everybody’s Got to Learn Sometime by The Korgis
別れと成長の中にある優しい諦念と再生の感覚。
6. “帰れない男”の肖像と、スーパートランプの人生観
「Take the Long Way Home」は、日常に疲れたすべての人のための**“感情の回り道”**である。今すぐに答えは出せない、でもこの気持ちをどこかに置いていきたくない。そんな夜、わざと遠回りして家に帰る――その行為の中に宿る感情の揺れを、ロジャー・ホジソンはきわめて繊細に描き出した。
スーパートランプというバンドは、プログレッシブ・ロックの技巧を持ちながら、常に庶民の感情、日々の葛藤、ささやかな夢と諦めを大切にしてきた。彼らの音楽がこれほど長く愛されるのは、技術や知性以上に、その**“日常に寄り添う力”**にある。
「Take the Long Way Home」は、そんな彼らの優しさと苦みの詰まった一曲である。聴き手に寄り添いながらも、現実から目を逸らさないその態度こそが、スーパートランプの持つ静かなロックンロールの精神なのだ。だからこそ、今日も誰かが夜道でこの歌を口ずさむ。そして、ほんの少しだけ、遠回りして帰る。そんな音楽の力を、この曲は確かに持っている。
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