発売日: 1976年10月**
ジャンル: エレクトロニック、プログレッシブ・ロック、ベルリン・スクール
地上と宇宙の狭間で——アナログとメロディが交錯する電子音の詩学
Stratosfearは、Tangerine Dreamがベルリン・スクールのスタイルを維持しつつ、よりメロディックで人間的な側面を取り入れ始めた記念碑的アルバムである。
タイトルの“Stratosfear(成層圏の恐怖)”が示すように、本作は宇宙的なスケールと内面の感情が交錯する“音の旅”なのだ。
先行作PhaedraやRubyconで確立した無機質で抽象的なサウンドスケープから一歩踏み出し、ここではアコースティック・ギターやピアノ、ハーモニカの音色までもが導入されている。
それにより、彼らの音楽に“懐かしさ”や“感情”が加わり、より幅広いリスナーに届く作品となった。
このアルバムは、電子音楽が冷たさだけでなく温度と風景を持ち得ることを証明した重要作である。
全曲レビュー(抜粋)
1. Stratosfear
アルバムの幕開けを飾るタイトル曲。
シーケンサーのリズムとシンセのうねりが、成層圏を彷徨うような浮遊感を生み出す。
中盤にはピアノとメロトロンが登場し、荘厳な情緒が漂う。
2. The Big Sleep in Search of Hades
ミニマルなピアノのフレーズが、儀式のような緊張感を生み出す。
“Hades(冥界)”を探すというタイトルの通り、音は死と夢の境界を行き来する。
静けさの中に潜む恐怖が美しい。
3. 3 a.m. at the Border of the Marsh from Okefenokee
印象派的な音響構成が特徴。
湿地帯の夜明け前、霧と水面が揺らめくような光景が浮かぶ。
アコースティック楽器の使用が際立つ、幻想的な短編。
4. Invisible Limits
20分近くにわたる大作で、Tangerine Dreamの“ロックバンド性”が最も顕著に表れるトラック。
ノスタルジックなギター、メロディックな進行、そしてフィナーレに向けての盛り上がりがまるで映画のエンディングのよう。
“見えない限界”というタイトルが意味するように、音は物理空間を超えて拡張していく。
総評
Stratosfearは、Tangerine Dreamが純粋な電子音の探求から一歩踏み出し、“感情”や“メロディ”といった要素を意識的に導入した作品である。
それは決して妥協ではなく、むしろ電子音楽が人間の内面に語りかける可能性を広げた行為だった。
本作で聴かれるアナログ・シンセサイザーの温かみと、生楽器の組み合わせは、後のニューエイジやアンビエント・テクノにも影響を与えた。
ベルリン・スクールの中でも特に“詩的”で、“親しみやすい”側面を持ったこのアルバムは、初心者にも最適な入門盤でありながら、深く聴くほどに発見のある作品である。
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