発売日: 2017年3月31日
ジャンル: ドリーム・ポップ、エレクトロ・ポップ、アダルト・コンテンポラリー
概要
『Starflower』は、ジェニファー・ペイジが2017年にリリースした通算4作目のスタジオ・アルバムであり、クラウドファンディングを通じて制作された、完全セルフ・プロデュースに近いプロジェクトである。
このアルバムは、2008年の『Best Kept Secret』以来、実に9年ぶりの新作として発表された。ジェニファーはこの間、結婚や出産などの私生活を経てアーティストとしての価値観を深めており、本作はそうした“人生の変化”が豊かに反映された作品となっている。
音楽的には、ドリーム・ポップやエレクトロ・ポップを基調にしながら、シンセ・サウンドと有機的なメロディを絶妙に融合させた構成が特徴的。過去作のアダルト・コンテンポラリー的文脈を引き継ぎつつも、より内省的でパーソナルなトーンが支配的である。
『Starflower』というタイトルには、“目に見えないものに光を当てる”という意図が込められており、ジェニファーは本作で、自身の内側に咲いた“音楽の種子”を丁寧に咲かせてみせたのだ。
全曲レビュー
The Devil’s in the Details
冒頭からミニマルでスタイリッシュなシンセ・ポップが鳴り響く。
“ディテールに宿る悪魔”という皮肉をこめた歌詞が、自己との葛藤を知的に表現している。彼女のヴォーカルがよりソフトで感触的なのも本作ならでは。
Let Me Love You
ややメロウなリズムに乗せて、愛することへの許しと自己解放をテーマにしたナンバー。
シンセとピアノの交錯が美しく、サビにかけての高揚感が胸を打つ。
Forget Me Not
『Best Kept Secret』からのセルフカバー。
“私を忘れないで”という儚いフレーズは、年月を経た今だからこそ、より静かに染み込んでくる。ヴォーカルもより成熟し、再解釈として成立している。
Crush (2017 Version)
世界的ヒット曲「Crush」の再録バージョン。
原曲よりも落ち着いたテンポで、アレンジには深みが増している。10代で放った恋の衝動が、今や内なる感情の“記憶”として再構築されているのが興味深い。
Not Sorry
「もう謝らない」という力強いメッセージを持つアップテンポなトラック。
ビートの効いたエレクトロと、スパイスの効いたリリックが今の彼女の自立性を象徴している。
Starflower
タイトル曲。浮遊感のあるサウンドスケープが印象的で、アルバムの核心を担う一曲。
“あなたが目を閉じても、私はここで咲いている”というフレーズに込められた、見えない強さが静かに光を放っている。
Forget Me Not (Acoustic)
アコースティック・バージョンによって、歌詞の輪郭がより際立つ構成。
ストリングスとピアノのアンサンブルが、歌の持つ温もりと寂しさを丁寧に浮かび上がらせる。
Tainted Love
新解釈でカバーされたSoft Cellの名曲。
原曲のクールさに対し、ジェニファー版はより内省的で繊細なヴォーカルによる“女性的な痛み”を描いている。
Stay the Night (2017 Version)
再録ながら、シンセを中心とした新しいサウンド・デザインが施されており、原曲のバラード感がより洗練された形で蘇る。
Sober (2017 Version)
初期曲のセルフカバー。ヴォーカルはより柔らかく、控えめな表現になっており、失恋というテーマが時間を経た感情のフィルターを通して描かれている。
総評
『Starflower』は、ジェニファー・ペイジというアーティストの“静かな成熟”と“内面的自由”を映し出したパーソナルな傑作である。
クラウドファンディングで集められた資金で独立制作された本作は、商業的な枠組みから解放された“完全なる自己表現”の場となっており、どの曲にも“他人の期待ではなく、自分の声”がしっかりと息づいている。
ジャンルとしてはドリーム・ポップ、エレクトロ・ポップに分類されるが、真の魅力はその“静かな感情の温度”にある。
単なる過去の再訪ではなく、あらためて自分の人生と音楽を結び直すような再構築のプロセス——それがこのアルバムの本質である。
ジェニファー・ペイジは、もはや「Crushの人」ではない。『Starflower』は彼女が咲かせた**“沈黙の中の光”**なのだ。
おすすめアルバム(5枚)
- Bat for Lashes『The Haunted Man』
ドリーミーなサウンドとパーソナルな物語性が共鳴する。 - Agnes Obel『Citizen of Glass』
繊細なピアノと深層心理を掘り下げる構成が似ている。 - Frou Frou『Details』
エレクトロとポップの中間で“声”を生かすスタイルが共通。 - St. Vincent『Marry Me』
独自の視点と音楽性でキャリアを切り開く女性アーティストという点で共鳴。 -
Aimee Mann『Mental Illness』
内省的で静かな楽曲が中心ながら、深い感情の揺らぎを捉えている点が重なる。
6. 制作の裏側
『Starflower』はKickstarterを通じてファンからの支援で制作された作品であり、ジェニファー・ペイジにとって初めてのインディペンデント・プロジェクトである。
録音はナッシュビルとロサンゼルスで行われ、プロデューサーにはJeremy Boseなど、インディー・ポップや映画音楽にも精通したスタッフが参加。
彼女の結婚・出産といったライフイベントを経た生活環境の変化も制作に大きく影響しており、「家庭の中で音楽とどう向き合うか」がそのままアルバムの空気感に投影されている。
また、過去の代表曲をリメイクする意図についてジェニファーは、「曲に宿る意味が、年齢や経験によって変わってきたことを記録したかった」と語っている。
本作は、音楽産業の大きな枠組みから離れ、“声”と“人生”の関係を静かに描いた、“等身大の芸術作品”と言えるだろう。
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