発売日: 2005年9月
ジャンル: MPB（ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ）、ジャズ・ボッサ、サンバ・カンサォン、フォーク・ポップ
概要
『Segundo』は、マリア・ヒタが2005年に発表した2作目のスタジオ・アルバムであり、デビュー作での鮮烈な印象をさらに深化させた、音楽的・詩的成熟の結晶とも言える作品である。
タイトルの「Segundo（セグンド）」は“2番目”という意味であり、シンプルで控えめなネーミングながら、その内側にはマリアの自立と再定義の意志が強く刻まれている。
本作では、前作でも共演したマルセロ・カメーロ（元Los Hermanos）や、モアシール・ルス、ジョアン・ボスコ、イヴァン・リンスといった作曲家の楽曲が中心となり、ジャズ、フォーク、ブラジルの伝統的リズムを繊細に編み込んだ洗練されたMPBが展開される。
また、マリアのヴォーカルはより内省的かつ抑制された表現に向かい、“見せる歌”から“語る歌”へと進化。
声の強さや技巧に頼ることなく、“間（ま）”と“沈黙”の美しさを活かした歌唱が光るアルバムでもある。
全曲レビュー
1. Caminho das Águas（作詞作曲：Rodrigo Maranhão）
水の流れのように自然体なメロディと歌詞が印象的なオープニング。
“水に任せて進むしかない”というテーマが、アルバム全体の静かな意志を象徴している。
2. Recado（作詞作曲：Gonzaguinha）
切実な“伝言”をテーマにしたMPBの名曲を、控えめなアレンジで再構築。
マリアの語りかけるような声が、まるで自分宛ての手紙のように響く。
3. Casa Pré-Fabricada（作詞作曲：Marcelo Camelo）
Los Hermanosの楽曲をボサノヴァ調に再解釈。
もろくて不安定な愛情の居場所＝プレハブの家という象徴が秀逸。
マリアのブレスやリズムの“間”が詩情を倍加させる。
4. Feliz（作詞作曲：Guinga & Aldir Blanc）
幸福をめぐる逆説的な歌。リリックには“幸せとは何か”への問いが滲む。
静謐なピアノとヴォーカルのみの冒頭が、心をそっとつかむ。
5. Coração em Desalinho
心が乱れている状態を描いたサンバ・バラード。
濃密なパーカッションと、マリアの“揺れた”声が絶妙に共鳴する。
ここでは技術よりも“感情の余白”が力を持っている。
6. Sobre Todas as Coisas（作詞作曲：Chico César & Edu Krieger）
“すべてのことの上に愛がある”という普遍的なメッセージ。
弦楽器と打楽器のシンプルな構成が、歌の強度を際立たせる。
7. Segundo
表題曲にして、最も私的な空気を持つナンバー。
人生の“2回目”や“次のステージ”への静かな覚悟を描く。
声量を抑えた歌唱が、逆に聴き手に深く刺さる。
8. Conta（作詞作曲：Edu Krieger）
“愛の帳尻”を詩的に描いた軽快な曲。
マリアの発語のタイミングが、リズムというより会話の呼吸に近く、MPBの“語る歌”の伝統を感じさせる。
9. Mal Intentado
愛の誤解とすれ違いを描くドラマチックな楽曲。
マリアのエモーショナルな爆発ではなく、抑制された切なさが聴きどころ。
10. Para Todo Amor que Houver na Vida
ジツ・カヴァルカンチのロック・バラードをMPB的に再構成。
愛の本質を“火”として描いたリリックと、熱を内に秘めた歌唱が静かに燃える。
11. Caminho das Águas (Reprise)
冒頭曲のモチーフをわずかに残してアルバムを静かに閉じる。
ループするような構成が“終わりではなく続き”を予感させる美しい余韻。
総評
『Segundo』は、マリア・ヒタが“自分の声と感情をどう使うか”を改めて問い直し、音楽性の深化と自己の輪郭の明確化を図った、静かな野心作である。
前作『Maria Rita』が“ブラジル音楽の王道と伝統”を堂々と継承する作品だったのに対し、本作はよりパーソナルで、感情の隙間や曖昧さに耳を澄ませた作品である。
歌の“うまさ”を見せることにこだわらず、むしろ“歌わない間”や“呼吸”の中に感情を込める姿勢が印象的で、それがMPBの内省性やリリシズムを引き立てている。
マリアはここで、“自分の声が母エリスの影ではなく、未来のMPBを鳴らすためにある”ということを静かに証明してみせた。
『Segundo』は、外に向けて放たれる煌びやかな声ではなく、内に向かって響き続ける声の美しさを教えてくれる作品である。
おすすめアルバム（5枚）
- Adriana Calcanhotto『Maré』
静かで詩的なMPBの傑作。マリアの内省的なトーンと共鳴する。 - Marisa Monte『Infinito Particular』
現代的なMPBを女性的視点で深化させた傑作。『Segundo』との精神的親和性が高い。 - Milton Nascimento『Pietá』
魂のこもった声とメロディの美学。マリアの感性に深く影響を与えた作品のひとつ。 - Roberta Sá『Que Belo Estranho Dia Pra Se Ter Alegria』
現代サンバとMPBの融合を探る作品。マリアの作風との共鳴点が多い。 - Los Hermanos『Ventura』
マルセロ・カメーロによる名盤。マリアがカバーした曲の原曲も収録されている。
歌詞の深読みと文化的背景
『Segundo』のリリックには、“喪失、静かな愛、沈黙、ささやかな希望”といったMPB的感性が丁寧に刻まれている。
「Caminho das Águas」では、“自分ではどうにもならない流れに身を任せるしかない”という現代的な諦観と、それでも歩む意志が同居しており、ブラジル社会における若い世代の姿とも重なる。
「Casa Pré-Fabricada」や「Conta」では、愛の不確かさや仮初めの安心といった心理が丁寧に描かれ、これは都市に暮らすブラジル人たちの孤独や関係性の複雑さをも映し出している。
また、曲全体に漂う“音楽に語らせる”という姿勢は、母エリスの“感情の放出”とは対照的に、現代の内向的な表現者としてのマリア・ヒタ像を確立させた要素となっている。
『Segundo』は、自分の中にしかない声で、世界の静けさに語りかけるようなアルバムなのだ。
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