発売日: 2024年8月16日
ジャンル: ポップ・ロック、オルタナティブ・ポップ、エレクトロ・ロック
概要
『Satellites』は、アイルランドのポップ・ロックバンド The Script が2024年にリリースした7作目のスタジオ・アルバムであり、創設メンバーでありギタリストのマーク・シーハンの死（2023年）を経て制作された“喪失と再生”の記録である。
このアルバムは、個人的な悲しみと向き合いながらも、残されたメンバーが再び音楽に立ち返り、“今この時代に何を伝えるか”という命題と真摯に向き合った結果生まれた作品である。
『Freedom Child』『Sunsets & Full Moons』の延長線上にあるエレクトロ・ポップやバラード的叙情性を受け継ぎながら、より深い内面性と宇宙的なスケール感が加わり、まさに「衛星（Satellites）」のように、心の軌道を静かに周回し続ける楽曲群が揃っている。
タイトルには、“離れていても影響を及ぼし続ける存在”＝故マークへのオマージュも込められており、アルバム全体が彼の記憶とともにある。
生と死、記憶と希望、孤独とつながり――『Satellites』は、失われたものをめぐって、再び世界と向き合うThe Scriptの成熟を示す最新章なのである。
全曲レビュー
1. Both Ways
アルバムの冒頭を飾る、歪んだビートとグリッチ的なエレクトロが印象的な挑戦作。
「物事には常に二つの見方がある」というメッセージは、喪失と再生を見つめる本作の前口上ともいえる。
ダニーのヴォーカルは、感情の端に緊張をはらんでおり、静かな覚悟を感じさせる。
2. Unsaid
“言えなかった言葉”をめぐる、痛切なバラード。
ピアノと弦楽が重なるサウンドスケープの中、亡き友への後悔や愛情がにじみ出る。
特に「There’s a silence where your voice should be」というフレーズが胸を打つ。
3. Both of Us
二人だった時間を回想しつつ、それでも前に進む意志を歌ったミッドテンポのアンセム。
一人でいることと、“二人であった過去”を共存させるような複雑な感情が描かれる。
4. Home Is Where the Hurt Is
“家＝癒し”という固定観念を覆す、「戻る場所が痛みそのものになってしまった」ことを語る楽曲。
ビートは穏やかだが、リリックは鋭く、家族や絆の難しさを浮かび上がらせる。
5. At Your Feet
タイトルどおり、誰かの足元に跪くような自己献身の歌。
信仰、愛、喪失など多義的に読み取れる内容で、詩的な余白が深い余韻を残す。
6. Lost & Found
再び見つけ出された何かをめぐるアップリフティングな楽曲。
ポップ・ロックらしい開放感に包まれ、アルバムの中で光を差すような役割を果たす。
7. Falling Flying
“落下と飛翔”という対照的な動詞を並べたタイトルのとおり、愛と痛みの紙一重を描く。
浮遊感のあるシンセと、力強いドラムが交差するエレクトロ・ロックの佳作。
8. Before You Go (Nothing More)
「言うべきだった最後の言葉」をテーマにしたスローバラード。
弾き語りのようなシンプルな構成に、ダニーの絞り出すような声が重なり、息を呑む静寂が広がる。
9. Friend of Mine
明確にマーク・シーハンに捧げられたであろう楽曲。
“君のような友は他にいない”というストレートなタイトルと、回想的な歌詞が涙を誘う。
10. Satellites
タイトル曲にして、アルバムの精神的中心。
“僕らは皆、誰かの周りを静かに回り続ける衛星のような存在だ”という哲学的視点が美しい。
壮大なスケールのサウンドと、コーラスの重なりが宇宙的余韻を残す。
総評
『Satellites』は、The Scriptというバンドが15年以上の活動を経て、内面の深さとサウンドの広がりの両面で成熟したことを明確に示す作品である。
本作には、かつての「失恋バラード」や「ポジティブ・アンセム」にあったような直接的なキャッチーさはあまりない。
しかし、その代わりに獲得されたのは、“静かな共感”と“死を含んだ愛”という、より深く、より普遍的な感情の領域である。
マーク・シーハンの不在という現実を乗り越えようとする姿勢が、全曲の下地に流れており、彼への想いは言葉以上に、音の呼吸や余白に宿っている。
また、サウンド面では電子音と生音の融合がより洗練されており、バンド・フォーマットの枠を超えて“音楽としての在り方”そのものを見直した作品とも言える。
『Satellites』は、喪失の後にどう生きるか――その問いに、ロックバンドとしてではなく、“声と言葉”を持った人間として答えようとするアルバムである。
そしてその答えは、静かに、だが確実に、聴く者の軌道を変えていくのだ。
おすすめアルバム（5枚）
- Snow Patrol『Reworked』
喪失と再解釈を織り交ぜた再構築アルバム。叙情性と静けさが『Satellites』と重なる。 - Coldplay『Everyday Life』
死や宗教をめぐる問いに対する音楽的回答。テーマ性とスケール感が近い。 - Ed Sheeran『Subtract』
人生の喪失や苦しみに向き合った最新作。The Scriptの内面性と共鳴する。 - Ben Howard『Collections from the Whiteout』
ミニマルで実験的、だが深くエモーショナルな構成が『Satellites』の音響的指向と似ている。 - James Bay『Leap』
痛みを超えて前に進む決意を感じさせるバラード中心の作品。『Before You Go』などと親和性が高い。
歌詞の深読みと文化的背景
『Satellites』というタイトルには、「周回するもの」「中心から離れても、引力でつながり続ける存在」という象徴的な意味がある。
これは、亡きマークへの敬意であり、残された人々の“記憶とともに生きる”という態度でもある。
「Friend of Mine」や「Unsaid」では、“言えなかった言葉”や“共有できなかった時間”への後悔が丁寧に描かれており、その心の動きは多くのリスナーの私的な喪失体験と重なりうる。
また「Home Is Where the Hurt Is」のように、あえて家庭や日常に潜む痛みを描いたことも、The Scriptが“癒しの歌”だけではなく、“痛みそのものを受け止める歌”へと進化した証といえる。
『Satellites』は、語ることで癒すのではなく、“語られなかったもの”と共に生きていくという、新たな感情表現のかたちなのかもしれない。
そしてそこにこそ、これからのThe Scriptが向かおうとしている未来がある。
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