発売日: 2008年10月21日
ジャンル: エクスペリメンタル・ロック、エレクトロニカ、ワールドビート、サイケデリック
ジャンルの壁を超えた音の儀式——Gang Gang Danceが生み出した混沌と美の結晶
ニューヨークのエクスペリメンタル・バンドGang Gang Danceが2008年にリリースしたSaint Dymphnaは、ポストパンク、エレクトロニカ、ワールドミュージック、ヒップホップ、そしてアンビエントといった多様なジャンルを融合させた作品であり、「現代のシャーマニズム的音楽体験」とも評されるアルバムだ。
バンドは2000年代初頭からニューヨークのアンダーグラウンド・シーンで活動しており、前作God’s Money（2005年）では民族音楽的な要素を大胆に取り入れ、トライバルなビートと電子音を融合させた独特なスタイルを確立した。そして、このSaint Dymphnaでは、そうした実験的なアプローチをさらに進化させ、よりポップでありながらも、依然として前衛的なサウンドを展開している。
タイトルの”Saint Dymphna”は、精神疾患や神経症の守護聖人とされる聖ディンフナ（Dymphna）に由来しており、アルバム全体に漂うカオスと神秘性、そしてトランス的なムードを象徴するものとなっている。
全曲レビュー
1. Bebey
アルバムのオープニングを飾るトラック。トライバルなビートとシンセサイザーが絡み合い、浮遊感のあるサウンドが展開される。 ボーカルのリジー・ブーガツォスのエキセントリックな歌声が、呪術的な雰囲気を演出する。
2. First Communion
ポストパンク的なエネルギーと、エレクトロニカの流麗さが融合した楽曲。ドラムマシンとシンセが強調され、まるで近未来の儀式音楽のような印象を受ける。クラブミュージック的なグルーヴと、ロック的な即興性が見事に調和している。
3. Blue Nile
タイトル通り、アフリカや中東の音楽からの影響が感じられる楽曲。サンプリングされたパーカッションと、レイヤードされたシンセが作り出すサウンドスケープは、まるで砂漠の蜃気楼のような幻想的な感覚を呼び起こす。
4. Vacuum
ダークなシンセベースと、ノイズ的なテクスチャーが特徴的な曲。ミニマルな構成ながらも、徐々に緊張感が高まっていく展開が魅力的。
5. Princes (feat. Tinchy Stryder)
アルバムの中で最もユニークな楽曲のひとつ。イギリスのグライムMC、Tinchy Stryderをフィーチャーし、バンドの音楽にヒップホップ／グライムの要素を持ち込んでいる。ポストパンクとグライムの融合という珍しいスタイルが、新しい可能性を感じさせる実験的なトラック。
6. Interlude
静かで瞑想的なインストゥルメンタル。サウンドコラージュのような構成で、アンビエントな雰囲気を持つ。
7. Innerspace
タイトル通り、内的宇宙を探索するようなトラック。シンセのリフレインが心地よいトランス状態を誘発し、時間の感覚が歪むような体験をもたらす。
8. Afoot
リズミカルでダンサブルなビートと、サイケデリックなシンセが印象的な楽曲。クラブミュージック的な要素と、インディーロック的な自由さが同居している。
9. House Jam
本作のハイライトのひとつ。ダンスミュージック的なアプローチが際立ち、シンセポップとトライバルビートの融合が非常にキャッチー。 ライブでも人気の高い楽曲で、バンドの実験精神とポップセンスが最もバランスよく発揮された曲と言える。
10. Dust
アルバムのラストを飾る楽曲で、エレクトロニカとワールドミュージックの要素が溶け合った、美しいエンディングを提供する。徐々に消えていくようなサウンドが、アルバムの終焉を象徴している。
総評
Saint Dymphnaは、Gang Gang Danceの音楽的探求がピークに達した作品であり、ジャンルを超越した独創的なアルバムだ。ポストパンク、エレクトロニカ、ワールドミュージック、グライムといった異なる要素が混ざり合い、単なるエクスペリメンタル・ロックの枠を超えた新しいサウンドを生み出している。
また、「House Jam」や「Princes」のように、よりダンサブルでポップな楽曲が増えたことで、彼らの音楽がより幅広いリスナーにアピールするようになった点も大きな変化だ。しかし、その一方で、依然としてバンドの持つ呪術的なサウンドやアンダーグラウンド的な感覚は失われておらず、ファンにとっては聴き応えのある作品となっている。
このアルバムは、後のEye Contact（2011年）へと続く流れを作り、Gang Gang Danceが単なる実験的なバンドではなく、ポスト・ジャンルの新しい可能性を探求するグループであることを決定づけた。
このアルバムが好きな人におすすめの5枚
- Animal Collective – Merriweather Post Pavilion（2009年）
サイケデリックなエクスペリメンタル・ポップの傑作。Gang Gang Danceの影響を受けたとも言われる作品。 - Yeasayer – Odd Blood（2010年）
ワールドミュージックの要素とエレクトロポップが融合したアルバム。 - Caribou – Swim（2010年）
ダンサブルなエレクトロニカとサイケデリックな要素が共存する作品。 - Four Tet – There Is Love in You（2010年）
アンビエント・エレクトロニカの名盤。Gang Gang Danceの実験的なアプローチと共鳴する部分が多い。 - The Knife – Silent Shout（2006年）
ダークで神秘的なエレクトロニック・ミュージックの傑作。
Saint Dymphnaは、2000年代後半のエクスペリメンタル・ミュージックシーンにおいて重要な位置を占める作品であり、Gang Gang Danceの最高傑作のひとつとして今なお語り継がれるべきアルバムである。
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