発売日: 2007年11月21日(日本限定)
ジャンル: ボサノヴァ、ジャズ・ポップ、ラウンジ、アコースティック・カバー
概要
『Romance』は、シンガポールのシンガー、オリビア・オンが2007年に日本でリリースしたスタジオ・アルバムであり、「恋」と「記憶」をテーマにした甘くほろ苦いスタンダード集である。
本作は、タイトル通り「ロマンス=恋愛」をモチーフに選曲されており、
ジャズ・ボサノヴァ・ラウンジのエッセンスを纏ったアレンジと、オリビア独自の“そっと触れるような歌声”が完璧にマッチした構成となっている。
カバー楽曲が中心でありながら、単なる“懐かしさ”にはとどまらず、
“今この瞬間の恋の記憶をそっと包むための音楽”として再構築されており、どの曲も“時間を閉じ込めた香水瓶”のような儚さを帯びている。
恋する人、恋を終えた人、まだ恋を知らない人――
すべての“恋”の時間に寄り添うための一枚である。
全曲レビュー
1. When You Say Nothing at All(Alison Krauss カバー)
“何も言わなくても伝わる”という恋の神秘を描いたバラード。
ウィスパー・ボイスの真骨頂とも言える柔らかい語り口で、愛の静けさを表現する。
2. Sometimes When We Touch(Dan Hill カバー)
デビュー以来歌い続けてきた名曲を、さらに繊細なタッチで再録。
“触れたいけれど壊れそう”という距離感の緊張が美しく描かれる。
3. All Out of Love(Air Supply カバー)
失った愛への未練と静かな葛藤を、控えめなアレンジと声の震えで演出。
音数を削ることで感情の余白を際立たせている。
4. A Love Theme(インストゥルメンタル)
アルバム全体のトーンを象徴するような短い小品。
まるで恋の記憶が風に乗って漂ってくるような、叙情的な旋律。
5. Kiss Me(Sixpence None the Richer カバー)
90年代の名ポップスを、ボサノヴァ風のゆったりとしたリズムで再構築。
ティーンエイジャーの恋を、どこか大人びた眼差しで見つめるような仕上がり。
6. For Your Love(オリジナル)
控えめながら誠実なラブソング。
ギターとストリングスを軸に、オリビアの声がまるで“手紙を読む”ように語りかけてくる。
7. L-O-V-E(Nat King Cole カバー)
アルバムの中では明るいトーンを担うジャズ・ナンバー。
軽やかなスウィングと英語の発音の美しさが、全体の緩急を与える。
8. Fields of Gold(Sting カバー)
金色の野原に愛を託すような幻想的なバラード。
オリビアの静かな語り口が、リリックに宿る“過去の愛”を包み込む。
9. Lovin’ You(Minnie Riperton カバー)
オリジナルの高音域に頼らず、“ささやくような愛”として再構成。
愛を表現することの多様さと、その静かな深さを提示する一曲。
10. Romance(オリジナル)
アルバムのタイトル曲にして、最も内省的なナンバー。
恋に恋していた頃の気持ち、恋を失った後の空虚、そしてまた誰かを想う希望――
そのすべてが“ロマンス”という言葉に凝縮されている。
総評
『Romance』は、オリビア・オンのディスコグラフィーの中でも最もテーマ性が明確で、構成美に優れた作品であり、
単なるカバー・アルバムを超えて、“恋という感情のアーカイブ”として完成された一枚である。
ここにあるのは、情熱でも執着でもない。
それは、“想い出になりきれない感情”や、“届ききらなかった気持ち”といった、
**恋が終わったあともなお残り続ける“やわらかな残像”**なのだ。
オリビアの歌声は、そうした感情を静かに肯定し、無理に癒やすこともせず、ただ寄り添う。
語りすぎないそのスタイルは、日本語で言うところの“情緒”や“侘び寂び”にも近く、
国境を越えて人の心に触れる“音の詩”として、本作の価値を高めている。
おすすめアルバム(5枚)
- Olivia Ong『Kiss in the Air』
同じく恋の余韻や未練をテーマにした姉妹作。内省的なトーンが共鳴。 - Lisa Ono『Romance Latino』
ラテン音楽とボサノヴァのロマンスを融合。タイトルの通り本作との美的親和性が高い。 - Corrinne May『Safe in a Crazy World』
静けさの中に祈りと愛を込めたシンガポール出身SSWの傑作。 - Norah Jones『Feels Like Home』
日常の中のロマンスを描くスモーキー・ジャズ・ポップの金字塔。 - Emi Fujita『Camomile Classics』
癒し系カバーとウィスパーボイスで人気の高い作品。感情の機微に敏感な耳におすすめ。
歌詞の深読みと文化的背景
『Romance』に収録された楽曲群は、それぞれが**“恋という言葉では収まりきらない感情”**を描いている。
「When You Say Nothing at All」や「Fields of Gold」では、“言葉にできない愛”というテーマが表出し、
「All Out of Love」や「Sometimes When We Touch」では、“終わった恋の残響”が静かに響いてくる。
タイトル曲「Romance」においては、恋の始まりも終わりもない――ただその感情があったことだけが真実であるという、
どこか哲学的とも言える視点が表現されており、
それは“愛とは結果ではなく経験である”という普遍的な価値観と通じている。
このアルバムは、聴くたびに異なる感情の層が立ち現れる。
それは、**恋をしたことのあるすべての人にとっての「個人的な記憶のサウンドトラック」**なのだ。
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