発売日: 2019年8月30日
ジャンル: ポップ、ソウル・ポップ、ファンク、アーバン・コンテンポラリー
概要
『Roll with Me』は、ナターシャ・ベディングフィールドが約9年ぶりにリリースした4作目のスタジオ・アルバムであり、彼女のキャリアの中でも最も“自由で温かい”ムードを持つ作品である。
2010年の『Strip Me』以来となるこの復帰作は、グラミー賞受賞プロデューサー、リンダ・ペリー(元4 Non Blondes)が全面プロデュースを手がけており、ナターシャの持ち味であるエンパワーメント性と、70年代的なソウルやファンクのグルーヴが融合した“新しくも懐かしい”ポップ・アルバムに仕上がっている。
アルバムタイトルの「Roll with Me(=一緒に生きていこう)」には、個人主義の時代において“つながり”を大切にしたいというナターシャの変わらぬ信念が込められており、家族、友情、愛、自己受容といった普遍的なテーマが、多彩なリズムとメロディにのって展開されていく。
声の張り上げやドラマティックな演出よりも、“寄り添うようなグルーヴ”に重点が置かれており、ナターシャのボーカルがより自然体に、そして成熟した響きをもってリスナーに届くアルバムである。
全曲レビュー
1. Kick It
開放感あるファンキーなギター・リフで幕を開ける、軽快かつ温かみのあるナンバー。
パートナーとの喧嘩を“蹴飛ばして進む”ような前向きさで描いており、音もリリックもポジティブ。
2. Roller Skate
グルーヴィーなビートに乗せて“ローラースケートで滑るように人生を楽しもう”というテーマを展開。
70年代のディスコ感と現代的なポップが交錯し、思わず体が揺れるような心地よさ。
3. Everybody Come Together (feat. Angel Haze)
現代の社会分断に対して“団結”を呼びかけるメッセージ・ソング。
Angel Hazeのラップが加わることで、世代とジャンルを横断するエネルギーが注入されている。
この曲が本作の社会的・精神的な中核を成している。
4. Hey Papa
亡き父への手紙のような一曲。
ナターシャのパーソナルな感情が美しいピアノとストリングスに乗って丁寧に綴られ、聴く者の胸に静かに迫ってくる。
5. King of the World
誰かに依存せず、自分自身の人生を歩む決意を表したセルフ・エンパワーメント・ソング。
堂々としたリズムと、シンガロング可能なサビが印象的で、ライブ映えも抜群。
6. It Could Be Love
恋の始まりの予感を描いた、ソフトでジャジーなラブソング。
サウンドの滑らかさと、ナターシャの囁くようなヴォーカルが絶妙にマッチ。
7. Where We Going Now
“次に向かう場所はどこ?”という問いを軽やかに歌うロードソング的ナンバー。
軽快なギターとドラムが、旅の高揚感と不安を同時に伝える。
8. Can’t Look Away
強烈に惹かれる相手との関係を、ミッドテンポのファンク調で描写。
抑えたセクシーさと、心の葛藤が絡み合う独特のテンション。
9. Can’t Let Go
過去への未練と決別の狭間に立つ心情を描いたバラード。
ナターシャの歌声がもっとも剥き出しになる一曲で、アルバム中最も感情の揺れが顕著に表れる。
10. Sweet Nothing
甘い言葉に騙されることの虚しさを、皮肉と軽快さで包み込んだトラック。
この曲の“スイート”は決して甘美ではなく、むしろ醒めたリアリズムを内包している。
11. I Feel You
共感とつながりをテーマにした、シンプルながら深みのあるメッセージソング。
他人の痛みに寄り添うことの大切さを、真っ直ぐなメロディで訴える。
12. Wishful Thinking
夢と現実の間で揺れる気持ちを詩的に描いた、ノスタルジックなバラード。
夕暮れのようなサウンドスケープに、感情の余韻が漂う。
13. Real Love
“本物の愛とは何か”を問い直すミディアム・ソウル。
軽快なサウンドと誠実なリリックが対照的に響く。
14. There’s a Feeling
“説明できないけど確かにある感情”を抽象的に歌った、アルバムの締めくくりにふさわしい一曲。
浮遊感のあるコーラスとリフレインが、リスナーの心に余白を残して終わる。
総評
『Roll with Me』は、ナターシャ・ベディングフィールドがこれまで築いてきた“ポジティブ・ポップ”のイメージを損なうことなく、より成熟した表現力とジャンル横断的な音楽性を携えて戻ってきたことを印象付ける作品である。
本作では、人生の喜びだけでなく、痛みや迷いも肯定するような“広がりのある幸福感”が全編に流れており、それはナターシャ自身が母親になったことや、長い沈黙を経た再始動の背景とも重なっている。
リンダ・ペリーのプロデュースにより、どの楽曲も有機的なグルーヴと質感を持ち、デジタル過多なポップスとは一線を画す“温度あるサウンド”に仕上がっている点も特筆すべきだ。
『Roll with Me』は、“あなたと一緒に転がっていく”という共生の願いを、静かで、でもしっかりとした強さで示した作品である。
ナターシャはここで“語り手”から“伴走者”へと立ち位置を変えたのかもしれない。
そしてその優しさこそが、今の時代に必要とされるポップ・ミュージックのかたちなのだ。
おすすめアルバム(5枚)
- Norah Jones『Day Breaks』
柔らかでジャジーなポップ。大人の感情をさりげなく描くスタンスが近い。 - Corinne Bailey Rae『The Heart Speaks in Whispers』
ソウルフルでグルーヴィーなポップ。『Roll with Me』のオーガニック感と通じる。 - Sara Bareilles『Amidst the Chaos』
社会性と個人の感情を同時に描く構成が『Everybody Come Together』と重なる。 - Alicia Keys『ALICIA』
ジャンルを横断しながらも、誠実に感情を伝えるスタンスが共鳴。 - Emily King『Scenery』
洗練されたR&Bとアコースティックポップの融合。ナターシャの近年の音楽性に非常に近い。
歌詞の深読みと文化的背景
『Roll with Me』の歌詞群には、2010年代後半における「個の自立と他者との共存」「母性と社会性の交差」「日常の中にある愛の再定義」といったテーマが濃く反映されている。
とりわけ「Everybody Come Together」や「I Feel You」では、“分断の時代”を前提とした上で、“共感”や“寄り添い”がどれほど必要かを、説教臭くならずに伝えている。
これはフェミニズムやセルフケアといったムーブメントを背景に持つポップスの一系譜でもあり、ナターシャはその“語り部”ではなく“共に歩む者”としてそれを提示しているのが新しい。
また、「Roller Skate」や「Kick It」のように、明るく弾けるような曲にも“逃避”や“不安を抱えたまま進む”という要素が込められており、軽さと重さが絶妙に共存している。
『Roll with Me』は、ただ明るいだけのポップではない。
“歩幅を合わせながら生きること”の大切さを、今の時代らしい形で優しく教えてくれる、共感と余白に満ちたアルバムである。
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