発売日: 1993年9月29日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ポップロック、アダルト・コンテンポラリー
概要
『Real』は、ベリンダ・カーライルが1993年にリリースした5枚目のスタジオ・アルバムであり、彼女のディスコグラフィの中でも最も“異色”であり、最も“パーソナル”な作品として知られる。
このアルバムでは、彼女は長年のプロデューサーであるリック・ナウルズと距離を置き、自らもプロデュースに参加し、よりロック色の強いサウンドと内省的なリリックを打ち出した。
The Go-Go’sの元バンドメイトであるシャーロット・キャフィらが参加していることからも分かるように、本作は“素のベリンダ”が再び音楽の原点に立ち返る姿を映し出している。
タイトル『Real』が示す通り、このアルバムにはセルフ・イメージ、母性、孤独、葛藤といった主題が赤裸々に描かれており、80年代の華やかなポップスターとしての面影からは一線を画す、シリアスで骨太な表現が印象的である。
商業的には前作までほどの成功には至らなかったものの、アーティストとしての誠実な変化を刻んだ本作は、ファンや一部の批評家から高く評価される“通好みの一枚”として位置づけられている。
全曲レビュー
1. Goodbye Day
アルバムの幕開けにふさわしい、シャープなギターと力強いボーカルが印象的なナンバー。別れと再生をテーマに、過去との決別を静かに告げる。
2. Big Scary Animal
唯一のシングルカット曲。ポップさとダークさが共存する奇妙な魅力を持つ、異色のロック・チューン。“愛の獣性”を皮肉とユーモアで包んだ歌詞が秀逸。
3. Too Much Water
メロディックなギターと内省的なリリックが印象的。過剰な感情や情報に流されそうな自我を描いた、1990年代的な不安の歌。
4. Lay Down Your Arms
ジョーン・アーマトレイディングの楽曲をカバー。戦いをやめて心を開こうというメッセージが、ベリンダの透明感ある声でより優しく響く。
5. Where Love Hides
繊細なアレンジと詩的な歌詞が美しいバラード。愛が見えなくなった瞬間の戸惑いと寂しさが浮き彫りになる。
6. One with You
カントリーロック調のグルーヴが心地よいミディアム・ナンバー。タイトル通り、溶け合うような関係性への希求を歌っている。
7. Wrap My Arms
アルバムの中でもっともストレートな愛の歌。力強いボーカルとエモーショナルな展開が印象的。
8. Tell Me
問いかけを繰り返す構成が特徴的。相手に答えを求める切実さと、自身の不安定さを隠さないリアルな感情表現が際立つ。
9. Windows of the World
恋愛だけでなく、社会的視点を内包した哲学的な楽曲。ベリンダの中でも珍しいタイプのリリックが光る。
10. Here Comes My Baby
オリジナルはキャット・スティーヴンス。愛らしさと郷愁がブレンドされた、アルバムの中で最も軽やかで親しみやすいナンバー。
総評
『Real』は、ベリンダ・カーライルが“アイコンとしての自分”から一歩下がり、“人間としての自分”を前面に押し出した、キャリアにおけるターニングポイントとなる作品である。
このアルバムには、スターダムの重圧、母としての葛藤、そして歳を重ねることへの戸惑いと覚悟が折り重なっており、その全てが“リアル”という言葉に込められている。
音楽的にも、これまでのシンセを多用した煌びやかなポップ路線から、よりギター中心のロック志向へと舵を切り、90年代的なオルタナ感とシンガーソングライター的誠実さが同居している。
また、ベリンダの声もより地に足がついた表現へと変化しており、かつての“天使のような声”から、“生きてきた女性の声”へと成長しているのがわかる。
『Real』は、決して派手ではないが、聴く者の“内側”にそっと寄り添うような、成熟の証としてのアルバムである。
おすすめアルバム(5枚)
- Sheryl Crow『Tuesday Night Music Club』
90年代的ロックと個人的な語り口の融合。『Real』と同様、肩の力の抜けた誠実な作風。 - Suzanne Vega『99.9F°』
フォーク出身ながらオルタナティブなサウンドへ移行した作品。ベリンダの方向転換と通じる。 - The Go-Go’s『Return to the Valley of The Go-Go’s』
ベリンダのルーツに立ち返るなら必聴のベスト盤。『Real』の文脈がより明確になる。 - Alanis Morissette『Supposed Former Infatuation Junkie』
90年代後半の内省ポップロック。女性の複雑な感情をリアルに描く姿勢が共鳴する。 - Natalie Imbruglia『Left of the Middle』
センチメンタルでオーガニックなポップロック。『Real』の感覚と非常に近い。
後続作品とのつながり
『Real』はセールス的には前作ほどのインパクトを残せなかったが、ベリンダの音楽的探求における“地ならし”として非常に重要な一作であった。
この後、彼女は『A Woman and a Man』(1996年)で再びポップの王道に回帰し、ヨーロッパを中心に成功を収めるが、そこには『Real』で獲得した“内なる強さ”が確実に生かされている。
“輝くベリンダ”ではなく、“生きているベリンダ”がそこにいる。
それが『Real』という作品が、今も静かに再評価され続けている理由なのだ。
コメント