1. 歌詞の概要
「One Thing」は、イギリス出身のシンガーソングライター、Lola Young(ローラ・ヤング)が2021年にリリースした楽曲であり、心の奥底にある「後悔」や「未練」、そして「それでも欲しいたったひとつのもの」を繊細かつソウルフルに描いた作品である。
曲の中心にあるのは、恋愛の終わり際に残された“言葉にできない気持ち”だ。別れた相手を完全に忘れることができず、それでももう戻ることもできない。そうした感情の中で語られる「One Thing(たったひとつのもの)」とは、愛だったのか、希望だったのか、それとも救いだったのか。その輪郭は明確にされていないが、だからこそ普遍的で、聴く人それぞれの記憶や体験に重なる余地を残している。
Lola Youngの持つ力強さと脆さを併せ持つヴォーカルは、この曲において感情の震えを直接的に響かせており、静かなピアノと控えめなアレンジが、その声の余韻を際立たせている。
2. 歌詞のバックグラウンド
Lola Youngは、UKソウル〜ネオ・R&Bの新世代として注目されるシンガーであり、その表現力と詩的な感性は、Amy WinehouseやAdeleといったアーティストとも比較されることが多い。「One Thing」は、彼女のEP『After Midnight』に収録された楽曲であり、夜の静けさの中で紡がれる内省的なモノローグとしての性格を持っている。
彼女自身、インタビューでこの曲について「その人が去ったあとに、自分の中にぽっかりと残る感情をかたちにした」と語っており、直接的な悲しみや怒りというよりも、もっと淡く、ゆるやかに感情が流れていくような印象を与える。
「One Thing」は、誰かを忘れられないことを責めず、ただそれを“事実”として受け入れるような静けさをたたえている。だからこそ、過剰に感情を煽ることなく、聴く者の心に沁み渡るような余韻を残すのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「One Thing」の印象的な歌詞の一部を英語と日本語で紹介する。
If I could take back all my love
もし私が、あなたに注いだ愛をすべて取り戻せたならWould it still hurt this much?
それでもまだ、こんなに痛むのかなOne thing I never gave you was closure
私が最後まで与えなかったもの――それは“終わり”だったBut I still think about you, always
でも今でも、あなたのことをずっと考えてる
出典: Genius Lyrics – One Thing by Lola Young
4. 歌詞の考察
「One Thing」は、まさに“語りかけるような失恋の手紙”のような楽曲であり、聴き手はその文章を盗み聞きしてしまったかのような親密さを感じることになる。
特に印象的なのが、「One thing I never gave you was closure」という一節だ。「closure(クロージャー)」とは、感情的な終結や区切りを意味する言葉であり、相手に「これで本当に終わったんだ」と感じさせるための決定的な言葉や行動を指す。この曲の主人公は、それを相手に与えられなかった自分を悔いていると同時に、与えられなかったがゆえに、いまだに相手のことを引きずっている。
また、「Would it still hurt this much?」という問いかけには、自分の気持ちを整理しようとしながらも、答えが出ないまま宙に浮いた感情が込められている。忘れたいのに忘れられない。終わったと知っていても終わらせきれない。そうした“中途半端な心”のありようが、この曲全体に静かに流れている。
Lola Youngの歌声もまた、強く感情を押し出すのではなく、むしろ「今にも壊れてしまいそうな感情の輪郭」をそっとなぞるように響く。それは、恋の終わりがドラマではなく“静かな日常の中で起きること”として描かれていることを象徴している。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Back to Black by Amy Winehouse
恋の終わりと喪失感を、ソウルフルかつ退廃的に歌った名曲。 - All I Ask by Adele
失われる愛の最後の瞬間を切なく描いたバラード。 - Cellophane by FKA twigs
透明な痛みと脆さを、美しいサウンドとともに浮かび上がらせる芸術的楽曲。 -
Night Shift by Lucy Dacus
恋の終わりを朝まで引きずる“夜勤”のような感覚をリアルに綴った歌。 -
Lost Without You by Freya Ridings
喪失感の深さを静かなピアノと張り詰めた声で描く、エモーショナルな作品。
6. 夜の独白としての「One Thing」
「One Thing」は、夜の静けさの中でひとり言葉を紡ぐような、極めて親密な楽曲である。そこにあるのは、感情の爆発でも劇的な別れの瞬間でもない。むしろ、時間が経ってなお残り続けている“余熱”のような感情であり、それがとてもリアルに響いてくる。
ローラ・ヤングはこの曲で、愛の記憶と向き合いながらも、それを決して整理しきろうとはしない。ただそっと、感情の断片を拾い集め、やわらかい声で並べていく。そしてそのひとつひとつが、聴き手自身の過去と重なっていく。
愛の中に置き去りにされた言葉たち、きちんと終われなかった思い、そして今も続いている“考える時間”――「One Thing」は、それらすべてを優しく包み込むような夜の歌である。
誰かを思い出す夜、言葉にならない感情が胸に残ったとき、きっとこの曲が静かに寄り添ってくれるだろう。
それは、語られなかった愛への、ささやかな手紙のように。
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