
1. 歌詞の概要
「Never Say Never」は、アメリカ西海岸のニューウェーブ/ポストパンク・バンド、Romeo Void(ロメオ・ヴォイド)が1982年に発表したセカンドEP『Never Say Never』のタイトル曲であり、彼らの代表曲として広く知られている楽曲である。
この曲が放つエネルギーは、挑発的でセクシュアルでありながらも、ただの“欲望の歌”にとどまらない複雑な層を持っている。ヴォーカリストであるDebora Iyall(デボラ・アイヤル)の独特の語り口は、クールでありながら内側に燃える怒りと欲望を孕んでおり、彼女の詩的で直接的なリリックは、1980年代初頭のフェミニズム、ジェンダー政治、そしてセクシュアリティの自由といったテーマに深く関わっている。
タイトルの「Never Say Never(“決して”とは言うな)」という言葉は、禁欲と自由のあいだを揺れる感情、予測不能な欲望、そして「決して」と言ったはずのものが簡単に覆されてしまう人間の脆さと快楽性を含んだ、非常に示唆的な言い回しである。Romeo Voidは、この曲で“女の身体性”を武器に、男性主導のロックの世界へ鋭い一撃を加えた。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Never Say Never」がリリースされた1982年は、ポストパンク/ニューウェーブの盛期であり、アメリカのアンダーグラウンド・シーンでも、ジャンル横断的な表現が台頭し始めた時期だった。Romeo Voidはカリフォルニア・サンフランシスコを拠点に活動していたが、その音楽性は典型的な西海岸の陽気なパンクとは一線を画し、陰影に富み、硬質であり、官能的であった。
特にヴォーカルのデボラ・アイヤルは、ネイティブ・アメリカンの詩人としての側面も持ち、ロックにおける女性像を再構築するようなリリックを武器にしていた。「Never Say Never」はその象徴的な成果であり、セクシャリティの主体性を女性の立場から堂々と主張した初期の例として非常に革新的な存在だった。
また、バンドのサウンドは、ポストパンクらしいタイトなリズム、ジャグドなギター、そしてサックスの不穏な旋律が特徴的で、性的緊張感と都市の夜の匂いを漂わせる。どこか冷たくて、でも熱を秘めている──そんな独特の質感が、この曲の魅力を決定づけている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Romeo Voidのリリックは、時に詩的で、時に露骨で、あえて不快なほどに率直である。この曲の冒頭から、アイヤルは挑発的にこう語る:
I might like you better if we slept together
一緒に寝たら、あなたのこと、もっと好きになれるかもね
この衝撃的なラインは、曲中何度も繰り返され、まるで呪文のように、リスナーの心を揺さぶる。それは単なる性的誘惑ではなく、むしろ“肉体を通じてしか関係を築けない不安”や、“感情より先に身体が反応してしまう現実”をあらわしている。
There’s a lot to be said for nowhere
どこにも行けないことにも、それなりの意味はあるわ
このラインには、孤独や閉塞感、逃避の感情がにじんでいる。欲望を前提に語りながらも、彼女は都市の中で迷い、揺れながら彷徨っている存在なのだ。
(出典:Genius Lyrics)
4. 歌詞の考察
「Never Say Never」は、表面的にはセックスと欲望をテーマにした挑発的な楽曲に見える。しかしその実、この曲が真正面から向き合っているのは、「性の主導権を持つ女性」の存在であり、80年代という時代においてはラディカルな試みであった。
アイヤルの語りは、単なる“誘惑”ではなく、“逆転”である。彼女は“選ばれる存在”ではなく、“選ぶ側”としてリスナーと相対する。だからこそ、「一緒に寝ればもっと好きになれるかも」という言葉は、露骨であると同時に、哀しみと皮肉を孕んでいる。
また、彼女が繰り返す「Never say never(“決して”なんて言うな)」というフレーズは、自己否定、羞恥、禁欲の文化へのカウンターでもある。人間は“決してしない”と思っていたことをしてしまうし、してしまったあとでしか気づけない感情がある──その不可逆性が、この曲の根底にある。
都市の夜、酒とタバコの匂い、関係の希薄さと、身体だけが先に動いてしまう虚しさ──そのすべてを、この曲は冷ややかに、しかし生々しく描き出している。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Gloria by Patti Smith
性と神聖、聖女と娼婦の境界を大胆に破壊した女性詩人のマニフェスト。 - Oblivious by Aztec Camera
都会的なポストパンクの裏に人間の本音が滲む、感情と理性のせめぎ合い。 - He Hit Me (And It Felt Like a Kiss) by The Crystals
問題的なリリックの背後に、ジェンダーと感情の倒錯が見え隠れする衝撃作。 - Typical Girls by The Slits
“女らしさ”の枠組みに疑問を突きつける、ポストパンク・フェミニズムの金字塔。
6. 性と主体性の反転:ロックにおける女性の声として
Romeo Voidの「Never Say Never」は、80年代のアメリカ音楽シーンにおいて、女性の性と欲望をこれほど露骨に、そして知的に描いた稀有な作品である。デボラ・アイヤルは自らの声で「私は欲しがっている」と語るが、その欲望は支配されることなく、むしろ“自らのもの”として確保されている。
この曲は、ポストパンクの硬質なサウンドに、濃密な身体性と社会批評を流し込んだ、“踊れる哲学”のような一曲である。そして、それは単なる時代の産物ではなく、今なおフェミニズム、ジェンダー、セクシュアリティの文脈で語られ続ける価値を持っている。
「Never Say Never」は、欲望と感情の隘路に立つすべての人に向けた、鋭くも官能的な問いかけである。それは拒絶か、肯定か、あるいはそのどちらでもない“曖昧さ”を抱えた歌──人はいつでも“しない”とは言い切れない。それこそが、生きることの複雑さであり、美しさなのだ。
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