発売日：1969年4月9日
ジャンル：カントリー、フォークロック
概要
ボブ・ディランが1969年に発表した『Nashville Skyline』は、彼の音楽的変遷の中でも特に際立った作品であり、それまでのフォークロックから本格的なカントリーへとシフトしたアルバムである。本作では、ナッシュビルのスタジオ・ミュージシャンを起用し、洗練されたカントリー・サウンドを追求した点が特徴的だ。
ディランは1966年のバイク事故を経て、公の場から距離を置きながら音楽活動を継続していた。その中で生まれた前作『John Wesley Harding』（1967年）ではカントリー色が見え始めていたが、『Nashville Skyline』ではより徹底したカントリー・アプローチが取られている。
また、本作ではディランのヴォーカルスタイルにも大きな変化が見られる。これまでの鼻にかかった独特の歌声から、滑らかで柔らかいトーンへと変わり、カントリー・ミュージックの親しみやすさを強調するものとなっている。この変化により、ディランの音楽は新たなリスナー層にも受け入れられることとなった。
特定楽曲の詳細レビュー
1. Girl from the North Country (with Johnny Cash)
アルバムのオープニングを飾るのは、ディランが1963年の『The Freewheelin’ Bob Dylan』に収録した「Girl from the North Country」のセルフカバー。カントリー界の巨星ジョニー・キャッシュとのデュエットによって、フォーク時代のシンプルなアレンジから、より温かみのあるカントリー・バラードへと生まれ変わっている。
二人のヴォーカルの掛け合いは、互いの歌声の魅力を引き出しつつ、ナッシュビル録音ならではの落ち着いた演奏が全体を支えている。ギターとピアノの控えめなアレンジが楽曲のノスタルジックな雰囲気を際立たせ、アルバムの幕開けとしても印象的な一曲となっている。
2. Lay Lady Lay
本作の代表曲ともいえる「Lay Lady Lay」は、スチールギターの響きが特徴的なミディアムテンポのラブソングである。シンプルなドラムパターンと、ディランの甘い歌声が楽曲のロマンティックなムードを強調している。
ディランの作品の中でも特にポップな要素を持ち、後のアーティストによるカバーも多い。「Lay Lady Lay」は、ディランがカントリーの枠組みを活かしながらも、ポップミュージックとしての魅力も兼ね備えた楽曲であり、本作の成功を象徴するトラックである。
3. I Threw It All Away
「I Threw It All Away」は、シンプルなコード進行と叙情的な歌詞が印象的な失恋のバラードである。アコースティックギターとペダルスティールギターが生み出す哀愁漂うサウンドが、歌詞の持つ後悔の感情を際立たせている。
「かつて愛を手にしていたが、それをすべて失った」というシンプルながら普遍的なテーマが、ディランの柔らかいヴォーカルによって感情豊かに表現されている。この楽曲は、ディランのソングライティングの洗練された側面を示す一例と言える。
4. Tonight I’ll Be Staying Here with You
アルバムのラストを飾る「Tonight I’ll Be Staying Here with You」は、旅の生活を捨てて愛する人の元に留まる決意を歌った曲である。軽快なピアノと明るいリズムが特徴で、アルバムの締めくくりとして前向きな印象を与える。
カントリーの要素を前面に出しつつも、ロック的なダイナミズムも感じられ、ディランがジャンルの垣根を超えて自在に音楽を操る様子がうかがえる。アルバム全体を通しての穏やかな雰囲気を継承しつつ、希望に満ちたラストナンバーとしての役割を果たしている。
総評
『Nashville Skyline』は、ボブ・ディランの音楽的探求心とジャンルを超えた表現力を示す作品であり、彼のキャリアの中でも特異な位置を占めるアルバムである。カントリー・ミュージックへの本格的なアプローチにより、新たなオーディエンスを獲得するとともに、その後のアメリカ音楽シーンにも大きな影響を与えた。
本作の穏やかな作風に対して、一部のフォークロック・ファンは「物足りなさ」を感じるかもしれない。しかし、ディランのヴォーカルスタイルの変化や、洗練された楽曲の数々は、カントリー・ミュージックの新たな魅力を発見させるものとなっている。
カントリーの世界に触れてみたいロックリスナーや、ディランの音楽的な多様性を深く理解したい人にとって、本作は必聴のアルバムである。
おすすめアルバム
- Johnny Cash – At Folsom Prison (1968)
- ディランとデュエットしたジョニー・キャッシュの代表作。刑務所ライブならではの緊張感とエネルギーが圧巻。
- The Byrds – Sweetheart of the Rodeo (1968)
- フォークロックからカントリーへシフトした作品として、本作と並び語られる重要作。
- Gram Parsons – Grievous Angel (1974)
- カントリーロックの基盤を築いたグラム・パーソンズの傑作。カントリーとロックの融合を追求した名盤。
- Willie Nelson – Red Headed Stranger (1975)
- カントリー音楽の概念を変えたウィリー・ネルソンの代表作。
- Bob Dylan – John Wesley Harding (1967)
- 『Nashville Skyline』の前作で、カントリーへの傾倒が始まったアルバム。
『Nashville Skyline』は、ボブ・ディランの多面的な音楽性を知るうえで重要な作品であり、カントリーの魅力を改めて味わうための入口としても最適なアルバムである。
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