発売日: 2007年5月7日
ジャンル: ソウル、R&B、ブルース、ゴスペル、レトロ・モータウン・スタイル
概要
『Music City Soul』は、ビヴァリー・ナイトが2007年にリリースした5枚目のスタジオ・アルバムであり、彼女が自身のルーツである“本物のソウル”へと回帰した、極めて情熱的かつオーセンティックな作品である。
タイトルにある「Music City」は、アメリカ南部ナッシュビルの異名にして、ソウルやブルース、ゴスペルなどの源流を指す象徴的言葉。
実際に本作はナッシュビルでアナログ機材を用いて短期間でレコーディングされ、70年代のモータウンやスタックス、アレサ・フランクリン、アル・グリーンらへの敬意をストレートに反映している。
過去作に見られたR&Bやポップのモダンさとは一線を画し、ライブ・バンドの温もりを中心とした骨太なアレンジ、荒々しくも感情に訴えるヴォーカル、そして宗教的/人間的メッセージが重なる構成で、
ナイト自身の“シンガーとしての本領”がもっとも濃密に記録されたアルバムである。
本作はUKチャートトップ10入りを果たし、特に音楽評論家やコアなソウルリスナーから高い評価を得た。
商業的には決してポップヒットではないが、その分“真摯なソウル・アクト”としての名声を確固たるものにした、決定的作品といえる。
全曲レビュー
1. Every Time You See Me Smile
アルバム冒頭からブラス全開のファンキー・ナンバー。ポジティブなタイトルとは裏腹に、笑顔の裏に隠れた痛みを力強く歌い上げる。ライブ感溢れる演奏が鮮烈。
2. Ain’t That a Lot of Love
Sam & Daveのカバー。ソウルクラシックの力強いエネルギーと、ナイトのダイナミックな歌声が見事に融合したアップテンポな名演。
3. After You
メロウで洗練されたスロウ・ジャム。愛する人を失った後の静かな痛みと向き合う構成で、ピアノとストリングスの重なりが深い余韻を残す。
4. No Man’s Land
前作からの再収録で、アコースティック感を高めたソウル・バラードにアップデート。孤独と再生の間で揺れる心情が、より立体的に表現されている。
5. Queen of Everything
女性の誇りと自己肯定を高らかに歌い上げる、モータウン調のナンバー。躍動感とリズムの切れ味が抜群で、“現代のソウル・ディーヴァ”の姿を体現する一曲。
6. Black Butta
タイトル通り、艶やかで粘り気あるファンクソウル。女性としての魅力と自信をセクシーに表現しており、ベリンダの“遊び心”も感じられる。
7. Saviour
宗教的なイメージを含んだエモーショナルなナンバー。“救い”を求める声が、まるでゴスペルの祈りのように響く。
8. Time Is on My Side
ローリング・ストーンズの名カバー。軽快なグルーヴの中にも、女性的な繊細さと芯の強さが感じられるパフォーマンス。
9. Why Me, Why Now
アルバムの中でも最もパーソナルなバラード。戸惑いや痛みの中にある“諦めない声”を、ナイトはシンプルに、しかし強く響かせる。
10. Tell Me I’m Wrong
“間違っているのは私?”と問いかける、対話型のソウル・バラード。関係性に潜む不安と真実を赤裸々に描写する。
11. Trade It Up
“今あるものすべてをかけても、あなたがほしい”という大胆な愛の歌。ソウルフルなコーラスとグルーヴ感が心地よく交差する。
12. Rock Steady
アレサ・フランクリンの名曲をパワフルにカバー。ベリンダのシャウトが炸裂する、ライブそのままの迫力で締めくくられる。
総評
『Music City Soul』は、ビヴァリー・ナイトが“声”という楽器を最大限に発揮した、真の意味での“ソウル・アルバム”である。
ポップス的なアプローチをあえて封じ、ルーツであるゴスペル、ファンク、モータウン、ブルースといったブラック・ミュージックの深層へと潜り込むことで、
ナイトはその“歌”の真価と信念を、静かにしかし確実に提示した。
多くの現代R&Bが打ち込み中心のサウンドに流れる中で、このアルバムは全編にわたり生演奏を重視し、息づかいまで伝わるような臨場感がある。
それが結果的に、“音楽の本質とは何か”をリスナーに問いかけてくる。
タイトルの「Music City Soul」とは、ただの地名ではなく、“音楽の魂”そのものである。
ベリンダ・ナイトがその魂を信じ、誠実に歌い続ける限り、ソウルは決して死なない──本作はその生きた証明なのだ。
おすすめアルバム(5枚)
- Aretha Franklin『Young, Gifted and Black』
ナイトが本作で目指した“生のソウル”の原点。女性の誇りと強さが響く。 - Sharon Jones & The Dap-Kings『100 Days, 100 Nights』
レトロ・ソウルを現代に蘇らせたディープな一枚。『Music City Soul』と共鳴。 - Joss Stone『Introducing Joss Stone』
若き英国ソウルシンガーによる生演奏中心の作品。ナイトとの精神的つながりも深い。 - Alicia Keys『The Diary of Alicia Keys』
ピアノとバンドの温かみを大切にした現代R&Bの傑作。ナイトのバラードと通じ合う。 -
Lianne La Havas『Blood』
伝統と現代を繋ぐソウルポップの美学。ベリンダの“次なる継承者”的存在。
後続作品とのつながり
このアルバムを経て、ビヴァリー・ナイトはさらに舞台やテレビなど表現の場を広げていくが、音楽的には『100%』(2009年)で再び現代的なR&Bへと舵を切ることになる。
しかし、『Music City Soul』が提示した“原点回帰”の姿勢は、以降のキャリアにおいても彼女の核として生き続けている。
この作品は単なる懐古趣味ではなく、“ソウルの魂を現代にどう伝えるか”という問いへの、ひとつの真摯な答えなのである。
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