発売日: 1973年7月
ジャンル: グラムロック、ハードロック、アートロック
概要
『Mott』は、Mott the Hoopleが1973年に発表した6作目のスタジオ・アルバムであり、前作『All the Young Dudes』で得た注目と再起を受けて制作された、“自己確立のアルバム”である。
デヴィッド・ボウイの手を離れ、自らの手でプロデュースを務めた本作は、よりパーソナルでリアルなメッセージが込められ、イアン・ハンターの作家性が全面に押し出されている。
バンドの名を冠したこのアルバムは、表題なき自画像のように、虚飾と真実の間で揺れるバンドの姿を映し出す。
グラムの華やかさを保ちつつも、そこにはロックスターという存在への幻滅や孤独、業界への皮肉といった、裏側のリアルが描かれている。
サウンド面ではミック・ラルフスによる最後の参加作でもあり、ギター主導の骨太なロックがアルバムを支えている。
全曲レビュー
1. All the Way from Memphis
アルバムを象徴する、軽快で哀愁のあるロックンロール。
“ギターがどこかで失くされた”というロックスター神話を茶化すようなリリックが秀逸で、音楽業界への風刺と悲哀が入り混じる。
ライブでも定番の一曲で、ブラスの使い方も効果的。
2. Whizz Kid
快活なテンポのロックナンバー。
“ウィズ・キッド=秀才少年”という架空のキャラクターを通して、早熟な名声や虚栄心の危うさを描く。
イアン・ハンターのアイロニカルな視点が冴える。
3. Hymn for the Dudes
“Dudes”たちへの祈りのようなミディアム・バラード。
前作『All the Young Dudes』の続編とも取れる構成であり、若者たちの彷徨や迷い、そして彼らへの哀しみが静かに綴られる。
ピアノとストリングスを軸にした壮麗なアレンジが印象的。
4. Honaloochie Boogie
グラム・ポップ色の強い、明るくキャッチーな楽曲。
タイトルの意味は曖昧ながら、音そのものが享楽的で中毒性がある。
バンドの商業的な側面と実験精神が共存したナンバー。
5. Violence
タイトル通り、暴力と破壊性をテーマにしたアグレッシブなトラック。
サイレンのようなギター、緊迫感ある展開、そして緩急の妙が光る。
グラム期の“見せかけの華やかさ”に一石を投じるような鋭さを持つ。
6. Drivin’ Sister
ストレートなロックンロール・ナンバーで、バンドの初期衝動を思わせる一曲。
ギターリフの強烈さと、歌詞の性的暗喩が、ロックの“危うさ”をストレートに表現している。
7. Ballad of Mott the Hoople (26th March 1972, Zurich)
バンドの歴史と自意識を赤裸々に綴った、ハンターによる自伝的楽曲。
“俺たちは売れていない。だが何かを信じてきた”という歌詞には、バンドのリアルな心情が込められている。
静かで美しい旋律が、その切実さをさらに引き立てる。
8. I’m a Cadillac / El Camino Dolo Roso
二部構成の実験的なトラック。
前半はブルージーで荒々しい“キャデラック”の自己主張、後半はラテン調のサイケデリックな展開へと変化し、旅の途中で彷徨うような感覚が表現される。
9. I Wish I Was Your Mother
マンドリンとアコースティック・ギターを主軸にした、フォーク調のラストナンバー。
“君の母親になりたかった”という奇妙なタイトルに象徴されるように、愛と関係性の歪みを繊細に描いた楽曲。
イアン・ハンターの詩人性が極まる、美しくも切ない終曲。
総評
『Mott』は、Mott the Hoopleが“自らの名前を冠することで、自らの矛盾を告白した”アルバムである。
そのサウンドはグラムの派手さを持ちながらも、歌詞は自己不信や孤独、音楽産業の虚構への違和感といった、極めて人間的で誠実な主題を含んでいる。
ここには、ロックンロールの理想と現実の狭間で揺れながら、それでも歌い続けようとする“中年の若者”たちの姿がある。
ハードロックとしての強度、ポップスとしての洗練、アートロックとしての構成美、そして詩としての切実さ。
それらがすべて混じり合い、グラム・ロックというジャンルの枠を超えた普遍性を持った一枚となっている。
“売れる”とは何か、“ロック”とは何かを問い続けるこの作品こそ、Mott the Hoopleの真の姿なのかもしれない。
おすすめアルバム(5枚)
-
David Bowie – Aladdin Sane (1973)
グラムの虚飾と孤独を同時に描いた作品。『Mott』の鏡像のような存在。 -
Lou Reed – Berlin (1973)
内面の崩壊と詩的構成が共鳴。『Ballad of Mott the Hoople』と近い感触。 -
T. Rex – Tanx (1973)
ポップな中にある退廃と不安定さが、Mottと響き合う。 -
The Rolling Stones – Exile on Main St. (1972)
ロックスターの裏側と流浪感が共通する、濃密なロックンロール絵巻。 -
Ian Hunter – You’re Never Alone with a Schizophrenic (1979)
ハンターのソロ代表作。『Mott』で蒔かれた種が大輪を咲かせる。
コメント