アルバムレビュー：Let the Dominoes Fall by ランシド（Rancid）

発売日: 2009年6月2日
ジャンル: パンク・ロック、ストリート・パンク、スカ・パンク

概要

『Let the Dominoes Fall』は、ランシドが2009年に発表した7作目のスタジオ・アルバムであり、約6年ぶりとなる復帰作である。
前作『Indestructible』（2003）以来、バンドは長い沈黙を経ていたが、その間にメンバーそれぞれがソロ活動や別プロジェクトを通じて成熟を重ね、ここで再び原点と進化の融合を実現した。

タイトルの「Let the Dominoes Fall（ドミノを倒せ）」は、行動の結果が次々と連鎖する――つまり、“自分の信念のままに生きよ”という彼らの哲学を象徴している。
社会や個人の崩壊を前にしても、立ち止まらずに進み続けること。
それがこのアルバム全体を貫くメッセージだ。

プロデューサーには、Brett Gurewitz（ブレット・ガーウィッツ）が再び参加。
録音はカリフォルニアのバン・ナイズにあるSkyline Studiosで行われ、ミキシングには当時の最新アナログ技術を用いるなど、温かみと厚みを両立したサウンドが追求された。

また、このアルバムからドラマーがブレンドン・スティーンからブランデン・ステインエックルト（元The Used）に交代。
その強靭なドラミングが、バンドに新たな推進力を与えている。
結果として『Let the Dominoes Fall』は、ベテランとしての落ち着きと、若き日の爆発力を兼ね備えたランシド第二章の幕開けとなった。

全曲レビュー

1. East Bay Night

アルバム冒頭を飾る、軽快なスカ・リズムが心地よいナンバー。
故郷カリフォルニアのイースト・ベイを舞台に、ストリートの記憶を回想する。
まるでキャリアの原点に立ち返るような温かい導入だ。

2. This Place

政治的メッセージを込めた、アグレッシブなストリート・パンク。
「この街を変えるのは俺たちだ」という叫びに、90年代から一貫するランシドの信念が息づく。

3. Up to No Good

ロカビリー調のリズムが特徴的で、遊び心のある構成。
犯罪と日常が隣り合わせの世界をユーモラスに描きつつ、社会風刺も効いている。

4. Last One to Die

アルバムの代表曲であり、バンドの再生宣言ともいえる力強い一曲。
「俺たちはまだ倒れていない」というフレーズは、長い活動休止を経た彼らの決意そのものだ。
ライブでも定番のシンガロング・アンセム。

5. Disconnected

キャッチーなメロディの裏に、疎外感と社会的不安が漂う。
ラーズ・フレデリクセンのヴォーカルが特に鋭く、彼のパンク・スピリットが最も露わになった楽曲のひとつ。

6. I Ain’t Worried

スカ・ビートとアコースティック・ギターが絡む軽快な曲。
厳しい現実の中でも「気にしないさ」と笑い飛ばすような、ランシドらしいポジティブ・ファンクが溢れている。

7. Damnation

タイトなリズムとラフなコーラスが印象的なファスト・チューン。
パンクの原始的な勢いを保ちながらも、音の厚みと構成に成熟を感じさせる。

8. New Orleans

スカとレゲエを融合したトラックで、アメリカ南部の文化的雑多さを生き生きと描く。
『Life Won’t Wait』時代の多国籍感覚を継承した作品であり、旅情と哀愁が混ざり合う名曲。

9. Civilian Ways

アコースティック・ギターが中心のフォーク・パンク。
退役兵の視点から戦争と社会復帰の苦しみを描き、反戦と共感のバラッドとして深い余韻を残す。

10. The Bravest Kids

疾走感あふれるスケート・パンク調の一曲。
「最も勇敢な子どもたち」というタイトルには、現代社会で夢を失わずに立ち向かう若者たちへのエールが込められている。

11. Skull City

アメリカの没落した都市を描いた重厚なトラック。
歪んだギターのリフが産業廃墟のような風景を想起させ、ティム・アームストロングの低い声が陰影を与える。

12. LA River

カントリー風のイントロで始まり、次第にスカ・リズムへ移行する。
都市の裏側を流れる“ロサンゼルス川”を象徴的に描き、希望と荒廃の共存をテーマにしている。

13. Lulu

短くストレートなパンク・ナンバー。
恋人“Lulu”への想いを、シンプルな3コードで叩きつける。
荒々しくもどこかロマンチックな余韻を持つ。

14. Dominoes Fall

タイトル曲であり、アルバムの精神を最も象徴する楽曲。
ドミノのように続く人生の出来事を受け止めながらも、「それでも前へ進め」と歌う。
シリアスなテーマを、スカとパンクのバランスで軽やかに表現している。

15. Liberty and Freedom

社会的メッセージを全面に押し出したファンク・パンク。
“自由と平等”というアメリカ建国の理想を問い直し、現代への警鐘を鳴らす。
この曲こそ、ランシドが“社会の語り部”であり続ける理由を思い出させてくれる。

16. You Want It, You Got It

荒削りなサウンドの中にキャッチーなコーラスが光る。
タイトル通り、“欲しいなら掴み取れ”というストリート哲学が込められた一曲。

17. Locomotive

アルバム終盤にして圧倒的な勢いを放つパンク・ロック。
スネアの連打とベースのドライブ感が疾走する、まさに“機関車”のようなエネルギーを持つ。

18. The Highway

静かなアコースティック・ナンバーで幕を閉じる。
「人生は旅路だ」というメッセージが穏やかに響き、成熟したバンドの余韻を感じさせるエンディングだ。

総評

『Let the Dominoes Fall』は、ランシドが長いキャリアを経て到達した円熟のストリート・アルバムである。
かつてのような若さゆえの爆発力は抑えられているが、その代わりに一つひとつの曲に実感と生きた言葉が宿っている。

ティム・アームストロングのリリックはより社会的で詩的になり、ラーズ・フレデリクセンのギターはエッジを保ちながらも表現の幅を広げた。
そしてマット・フリーマンのベースラインは相変わらず圧倒的で、曲全体をリズムとメロディの両面から支えている。

サウンド面では、『Life Won’t Wait』の多様性と、『…And Out Come the Wolves』のメロディセンスを融合。
パンク、スカ、フォーク、カントリー、レゲエといったジャンルを自在に行き来しながらも、どの曲にも**“Rancidらしさ”**が貫かれている。

また、本作には「年齢を重ねてもパンクであり続けるとは何か」という問いがある。
それは若者の反抗ではなく、現実の中で信念を貫く大人の闘いだ。
『Let the Dominoes Fall』は、その闘いを最も誠実に描いたアルバムであり、成熟したパンクの在り方を提示している。

制作の裏側

『Let the Dominoes Fall』の制作過程には、バンドの変化と再生の物語があった。
ドラマー交代という転機を迎えたランシドは、まずリズムの再構築からスタート。
ブランデン・ステインエックルトの加入によって、グルーヴと推進力が一段と強化され、演奏全体がタイトに引き締まった。

また、プロデューサーのブレット・ガーウィッツは「原点回帰と進化の両立」をテーマに掲げ、アナログ録音と最新技術を組み合わせることで、
“クラシックなパンクの質感を保ちながら現代的な立体音響”を実現した。

レコーディングは、あえて短期間で集中して行われ、バンドの一体感を重視。
その緊張感はアルバム全体に息づいており、まるでスタジオの中でライブを聴いているかのような臨場感を生んでいる。

『Let the Dominoes Fall』は、過去を懐かしむのではなく、今を生きる者としてのパンク宣言である。
ランシドはこの作品で、ストリートのリアリティを再び取り戻し、
“パンクは老いない”という事実を、見事に証明してみせたのだ。