アルバムレビュー：KIN by KT Tunstall

発売日: 2016年9月9日
ジャンル: ポップ・ロック、シンガーソングライター、アダルト・コンテンポラリー、インディー・ポップ

概要

『KIN』は、KTタンズタルが2016年にリリースした5作目のスタジオ・アルバムであり、
喪失と再出発の果てにたどり着いた、“再生のポップアルバム”としての光と強さに満ちた作品である。

2013年の『Invisible Empire // Crescent Moon』では、父の死と離婚という二重の喪失を背景に、
内省的かつフォーク色の強い表現を追求したKTだったが、
『KIN』では一転して、サウンド的にも感情的にも“前向きで外に開かれた”音楽へと振り切っている。

プロデューサーにはトニー・ホッファー（Beck、Phoenix、M83など）を迎え、
録音はロサンゼルスで行われた。KTはこれを“精神的リブート”と位置づけており、
自らのキャリアを再定義するにあたって、「POPに立ち返る」という明確な意志を打ち出している。

1. Hard Girls
力強いリフとコーラスが印象的なオープニング。
“強くあること”に悩むすべての女性たちに向けた、現代的フェミニズムの軽やかなアンセム。

2. Turned a Light On
シンセとギターが交錯する、ややドリーミーなサウンドスケープ。
「光を灯した」というタイトル通り、自分のなかにもう一度火をつける再生のプロセスを描く。

3. Maybe It’s a Good Thing
アルバムのリードシングルであり、失った恋や状況に“もしかすると良かったのかもしれない”と希望を見出すポジティブなポップ・ロック。
軽快なテンポと開放感が際立つ。

4. Evil Eye
スリリングなギターとダークなサウンドがKTの“シャープな視線”を引き立てる1曲。
“あいつの邪気を見抜け”という歌詞が、自己防衛と直感の重要性を訴える。

5. It Took Me So Long to Get Here, But Here I Am
まさにKTの人生とキャリアの歩みを象徴するバラード。
タイトルがすべてを語るように、“遅れてやってきた達成感”を温かく受け入れる自己肯定の歌。

6. On My Star (feat. James Bay)
ジェームズ・ベイとのデュエットによる穏やかなラブソング。
“あなたは私の星”という直球のメタファーを、両者のハーモニーで優しく包む。

7. Two Way
ケイティ・ペリーとの共作であり、双方向の関係性に焦点を当てたポップ・トラック。
明快な構成と耳に残るフックが、KTの新しいポップセンスを象徴する。

8. Run on Home
逃げ場を探し続けた果てに、“帰る場所は自分自身のなかにある”と気づく物語。
KTらしいロードムービー的モチーフが、軽やかで疾走感あるリズムに乗せて展開される。

9. KIN
表題曲にして、このアルバムの魂を象徴するフォーク・ポップ。
“血のつながりよりも深い共鳴＝kinship”をテーマに、人との絆を静かに見つめる。

10. Everything Has Its Shape
“すべてには意味と形がある”という優しい哲学が滲むラストナンバー。
ストリングスとともに人生を包み込むようなリリックとメロディで締めくくられる。

『KIN』は、KT Tunstallが自身の“第二章”を宣言したアルバムであり、
過去の痛みを受け入れたうえで、“希望の声”を取り戻していく過程を、ポップで彩った再生の物語である。

『Eye to the Telescope』における原点、『Tiger Suit』における実験、『Invisible Empire』における祈り。
それらすべてを通過したKTが、本作では**“誰かに届くポップ”という形式に、自分の成熟と情熱を宿した**ことがわかる。

ボーカルはより柔らかく、構成はタイトに、そしてリリックは前向きで開かれている。
これは単なる音楽的変化ではなく、“表現することの理由”そのものが変わったことの現れでもある。
“人生を生き直すように音楽を始め直す”――『KIN』は、そんな静かな決意の音でできている。

『KIN』のリリックは、KT Tunstallというアーティストの**“人間としての現在地”を率直に描いた言葉の連なり**であり、
それは特に「It Took Me So Long to Get Here, But Here I Am」や「KIN」において顕著である。

“自分自身に還ること” “誰かと本当に響き合うこと” “過去を否定しないこと”――
そういった成熟した価値観が、これまでのアルバムよりも遥かに明るく、そして軽やかなトーンで歌われている。

また、「Hard Girls」や「Two Way」では、女性性や対等な関係性といったテーマも自然体で織り込まれており、
KTが“ロールモデル”としてでなく、“等身大の大人の女性”として語るポップソングが、現代的リアリズムを獲得している。

『KIN』は、“傷ついた自分を隠さず、それでも踊る”という、
新たな生き方のリズムを教えてくれるポップ・アルバムなのだ。