
1. 歌詞の概要
「It’s My House」は、1979年にリリースされたダイアナ・ロスのアルバム『The Boss』に収録された一曲であり、女性の自立と誇りをテーマにした、ソウルフルでポジティブな楽曲である。
この曲で語られるのは、ひとりの女性が自らの“家”を守り、そこに招く者に対して明確な境界線とルールを持っているという強いメッセージ。タイトルの「It’s My House(ここは私の家)」というフレーズには、比喩的に「私の人生」「私のルール」といった意味が込められており、愛に対しても自立的な視点を貫く姿勢が印象的だ。
恋において、相手に依存するのではなく、自らの価値と空間をしっかりと確保した上で、愛を迎え入れる準備がある──そんな“強くしなやかな女性”像が、明るくリズミカルなメロディとともに描かれる。愛は歓迎するが、私のルールに従ってね、とさりげなく宣言するその歌詞は、1970年代末という時代において先進的であり、今なお新鮮な響きを持っている。
2. 歌詞のバックグラウンド
この楽曲は、アシュフォード&シンプソン(Nickolas Ashford & Valerie Simpson)によって書かれ、プロデュースも彼らが担当した。彼らはマーヴィン・ゲイ&タミー・テレルの一連のデュエット曲などで知られる名コンビであり、1970年代後半から1980年代初頭にかけてのダイアナ・ロスの音楽的方向性を大きく形作った重要な存在である。
アルバム『The Boss』全体が、恋愛における女性の主体性や選択権をテーマにした作品群で構成されており、「It’s My House」はその象徴ともいえる楽曲である。当時、女性の社会的な自立が進む中で、このように“自分の人生の舵を握る”ことを音楽で表現することは、ポピュラー音楽においても先駆的な試みだった。
加えて、ファンク、ソウル、ディスコの要素を絶妙にブレンドしたアレンジは、モータウン的なポップスからより洗練されたアーバン・サウンドへと移行しつつあったダイアナ・ロスの転機を示している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Genius Lyrics – Diana Ross “It’s My House”
It’s my house and I live here
ここは私の家、私が住んでいる場所よI bought it with my own money
自分のお金で買ったのAnd it ain’t no one’s home but mine
ここは誰のものでもなく、私のもの
この冒頭の歌詞だけで、強い自立心と“自分の空間を守る”という意志がはっきりと伝わってくる。物理的な“家”は、自己決定権の象徴として描かれている。
You can come and knock if you want to
来たければノックしてくれていいわBut don’t come in until I invite you
でも、私が招待するまでは入れない
このラインは、愛に対して“開かれているけれど境界を持つ”というスタンスを端的に示している。主体的な恋愛観、感情のコントロール、自尊心が静かに響く名フレーズである。
4. 歌詞の考察
「It’s My House」は、女性が自らの人生に責任を持ち、恋愛も自己の選択として迎え入れるというテーマを、さりげなく、それでいて明確に打ち出したバラードである。
特に印象的なのは、この曲が“拒絶”の歌ではないことだ。語り手は誰かを拒んでいるのではなく、愛する気持ちはある。しかしそれは、「私の空間とルールを尊重するならば」という条件付きの愛なのだ。
この構造は、従来の“待つ女性”“追いすがる女性”といった歌詞のステレオタイプを覆すものであり、音楽の文脈においても先進的な表現といえる。
また、恋愛関係が対等であるためには、まず自分が自立していなければならないという価値観が、1970年代のフェミニズムの空気とも合致している。
一方で、そのメッセージ性とは裏腹に、サウンドは軽快で親しみやすく、ダイアナ・ロスのボーカルも非常に柔らかく包容力に満ちている。まるで“強い女性”を優しく描いて見せるような、洗練されたアプローチである。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Ain’t No Mountain High Enough by Diana Ross
力強い決意と愛の誓いを壮大なアレンジで歌い上げた代表作。主体性のある愛が共通。 - Woman by John Lennon
愛する女性に対してのリスペクトと感謝が主題。対等な関係性を描く一曲。 - I’m Every Woman by Chaka Khan
女性の多面性とパワーを祝福するアンセム。自立した恋愛観が響き合う。 - Respect by Aretha Franklin
女性の尊厳を堂々と歌い上げたソウル・クラシック。「私のルール」という姿勢に共鳴。 - A House Is Not a Home by Luther Vandross
“家”というモチーフを、愛の存在と結びつけて描いた名バラード。
6. “家”とは何か:自己決定権としての空間と愛
「It’s My House」は、“家”というテーマを通じて、恋愛と自立のバランスを語る稀有なラブソングである。ここで言う“家”は単なる住居ではなく、価値観・感情・プライドを含んだ“心の領域”でもある。
語り手は、そこに誰かを招き入れることを拒まない。だが同時に、その場所を“誰のものでもない自分の領域”として明確に線引きしている。
それは、依存ではない愛、対等であるための距離感、そして自己の尊厳を守るための静かな戦略とも言える。
ダイアナ・ロスの柔らかいが芯のあるボーカルは、そうした“静かな強さ”をナチュラルに伝えており、まさに“しなやかに強く生きる女性”の理想像を音楽で体現している。
時代を超えて、誰かとの関係に悩むすべての人にとって、「It’s My House」は“愛されるために、まず自分を大切にする”ことの美しさと尊さを教えてくれる。
それは“拒絶”でも“孤立”でもない。“自己の確立”という、最も強くて優しい選択なのだ。
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