発売日: 2022年5月13日
ジャンル: アメリカーナ、フォーク・ポップ、アダルト・コンテンポラリー
概要
『In Real Life』は、マンディ・ムーアが2022年にリリースした7枚目のスタジオ・アルバムであり、母、妻、そして表現者としての彼女の現在地を等身大で描いた心のスケッチである。
前作『Silver Landings』に続き、カリフォルニアの空気を感じさせるアメリカーナ・サウンドを基盤としながら、
よりパーソナルで、より日常に根ざした温もりある楽曲たちが並ぶ。
パンデミック下での制作、妊娠・出産という人生の変化、そして自身のTVドラマ『This Is Us』の完結という節目を経て、
“リアルな日々”をどう生きているかがテーマとなっている。
共同プロデュースは夫テイラー・ゴールドスミス（Dawes）を含むバンド・チームが担当。
全編を通じて、家庭や記憶、選択と希望といった小さな物語たちが、温かく丁寧に紡がれている。
全曲レビュー
In Real Life
アルバムの幕開けを飾るタイトル曲。
「映画みたいな人生なんてなくていい、私は現実の中であなたと生きたい」――そんな穏やかな決意を感じさせる。
軽やかなアコースティック・ギターとヴォーカルの素直なトーンが心地よい。
Heartlands
「心の風景＝Heartlands」を描くセンチメンタルなトラック。
過去の自分を振り返り、現在の自分を肯定する旅路を感じさせる。
伸びやかなコーラスと、カントリー色の強いバンドサウンドが好対照。
Little Dreams
母としての視点から書かれた、新たな命へのラブレターのような楽曲。
“君の小さな夢を見守ることが、私のすべて”というフレーズが象徴的。
静かなオーガニック・サウンドが、柔らかな情景を支えている。
Just Maybe
「たぶん、うまくいくかもしれない」と、自分自身を励ますような優しいナンバー。
未来への不安と希望が交差する感情を、シンプルなメロディとともに描写。
声の震えや語尾の余韻が、感情の微細な揺れを捉えている。
Four Moons
不在やすれ違いを描くバラード。
“4つの月が巡るまで、あなたを待っている”というリリックに、時の流れの美しさと切なさが宿る。
ピアノとストリングスの絡みが、叙情性を高めている。
Little Victories
日常の中での小さな成功を讃える一曲。
家族との時間、静かな喜び、眠れた夜。
そうした“声にならない幸福”が、丁寧に掬い取られている。
この曲が象徴するのは、人生の幸福は壮大なものではなく、積み重ねの中にあるという視点だ。
Heavy Lifting
苦労や不安を“持ち上げること”をメタファーにしたアップテンポな曲。
“誰かのために重たいものを持つ”という行為に、家族やパートナーシップの真価が込められている。
ギターのリズムとヴォーカルの力強さが前向きな印象を残す。
Brand New Nowhere
「どこでもない場所から、また始めよう」
この曲には、再出発を恐れない勇気が込められている。
淡いペダル・スティールとアコースティック・アレンジが、ロードムービー的なイメージを喚起する。
Every Light
“君がいるだけで、全ての灯りが灯る”という、愛の存在そのものを描いたシンプルな楽曲。
ソフトなバックコーラスと、囁くような歌唱が印象的で、子守唄のような親密さがある。
Living in the In Between
“過去と未来の狭間”を生きる、今という時間に対する賛歌。
音楽的には最もメロウで、ゆったりとしたグルーヴがアルバムの終盤に落ち着きをもたらす。
「完璧じゃなくていい、途中にいることこそが人生なのだ」という哲学が込められている。
総評
『In Real Life』は、マンディ・ムーアが現実という名の舞台に立ち、等身大の声で語りかける、穏やかで誠実なドキュメントである。
ここには、ドラマチックな展開も、派手なサビも、流行のプロダクションも存在しない。
しかし、それが逆にこのアルバムの“強さ”でもある。
本作は、母として、妻として、そして一人の女性としての“今”を切り取ったセルフ・ポートレートであり、
その率直な語り口と温もりに満ちた音像は、聴き手に寄り添い、静かに共鳴を広げていく。
彼女の音楽は、もはやステージの上だけで鳴るものではなくなった。
それはリビングルームで、キッチンで、赤ちゃんを抱きながら、小さな希望や不安と共に響くのだ。
『In Real Life』は、そんな日常の中に咲く“ありふれた奇跡”を描き出す、現代女性のための優しい音楽文学なのかもしれない。
おすすめアルバム（5枚）
- Dawes『Good Luck With Whatever』
マンディの夫テイラーが率いるバンド。作風の親和性が高い。 - Natalie Merchant『Leave Your Sleep』
日常と子育てをテーマにした温もりのあるアルバム。 - Lori McKenna『The Tree』
家族や日常をフォーク・カントリーで描く現代アメリカーナの名作。 - Sara Watkins『Young in All the Wrong Ways』
繊細さと芯の強さを持つ女性SSWの良作。 -
Jenny Lewis『On the Line』
女性の成長と人生の断片を美しく表現した作品。
7. 歌詞の深読みと文化的背景
本作の歌詞には、“理想ではなく、現実を生きる”という価値観の転換が随所に見られる。
特に「In Real Life」「Living in the In Between」「Little Dreams」などは、
人生を“線”ではなく“点”の積み重ねとして捉える視点が現れており、
ポスト・パンデミック社会における「小さな幸せ」や「再定義された幸福観」を象徴している。
また、“母性”や“家庭”をテーマにしながらも、それが決して保守的な枠に閉じることなく、
“自己を犠牲にしない愛”として描かれている点が、現代的であると同時にフェミニズム的でもある。
マンディ・ムーアは、本作を通じて、
“完璧でないことを恥じず、むしろ愛おしむ”というメッセージを、そっと手渡している。
それこそが『In Real Life』というアルバムが放つ、最も美しいリアリティなのである。
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