発売日: 2008年12月9日
ジャンル: R&B、アーバン・コンテンポラリー、ポップ・バラード、ソウル
概要
『Human』は、ブランディが2008年にリリースした5作目のスタジオ・アルバムであり、
激動の私生活を経てたどり着いた、“人間らしさ”を真正面から描いた内省的な作品である。
前作『Afrodisiac』のアーティスティックで実験的なアプローチから一転し、
今作はより温かく、パーソナルで、メロディ重視のR&Bバラード集として構成されている。
プロデュースを手がけたのは、ブランディの長年の盟友Rodney “Darkchild” Jerkins。
彼の洗練されたバラード・サウンドに乗せて、母として、女性として、アーティストとしてのブランディが感じた不安、赦し、祈り、希望が率直に語られる。
この時期の彼女は、交通事故、婚約解消、キャリアの中断といった大きな困難を経験しており、
『Human』は、そうした痛みを引き受けたうえで、それでも“人間であること”を肯定する癒しと再生のアルバムとして位置づけられる。
全曲レビュー
1. Human (Intro)
わずか1分弱の短い導入だが、“I’m only human”という言葉が全体のテーマを象徴。ヴォーカルの静けさにすでに深い温度を感じる。
2. The Definition
自身の弱さを受け入れながら、誰かとつながることの意味を問うR&Bバラード。メロディの美しさと感情のこもった歌唱が融合。
3. Warm It Up (With Love)
希望と励ましをテーマにした前向きなナンバー。“愛で温め直す”という優しい比喩が印象的。
4. Right Here (Departed)
リードシングル。誰かを喪っても「私はここにいる」と語りかける、エモーショナルな応援歌。壮大なスケール感とコーラスが感動を誘う。
5. Piano Man
不安な心をピアノの旋律に例えるミディアム・チューン。幻想的で詩的な歌詞と、サウンドの透明感が秀逸。
6. Long Distance
遠距離恋愛の孤独と切なさを描いたバラード。ストリングスとピアノが繊細な感情を包み込むように支える。
7. Camouflage
「本当の自分を隠して生きてきた」と打ち明ける、深い自己告白ソング。淡々と語るようなボーカルに真実味がある。
8. Torn Down
人間関係の崩壊と再生を描いた力強いバラード。ダークチャイルドらしい重厚なビートに乗せて、ブランディの意思が響く。
9. Human
アルバムタイトル曲。“間違いを犯しても、それでも私は人間”というコーラスが、癒しのように響く。アルバムの核となる楽曲。
10. Shattered Heart
失恋の痛みを歌ったアップテンポ調のR&B。軽やかさと哀しみのバランスが絶妙で、感情のグラデーションが美しい。
11. True
恋愛における「嘘のない想い」をテーマにした、正統派R&Bバラード。切実なヴォーカルが心に迫る。
12. A Capella (Something’s Missing)
トラックを最小限に抑えたボーカル中心の楽曲。声のレイヤーが創る音響空間に引き込まれる、アルバム中でも異色の芸術性。
13. 1st & Love
恋の始まりを爽やかに描いた軽やかなポップR&B。アルバム後半の中でやや明るさを担う役割。
14. Fall
ゆっくりと心の傷を受け入れる過程を描くバラード。“何度も倒れて、それでも立ち上がる”というサビが響く。
15. Gonna Find My Love(日本盤ボーナストラック)
前向きな恋愛ソング。アルバムの持つ穏やかな空気にフィットする明るさと軽快さが魅力。
総評
『Human』は、前作『Afrodisiac』でのサウンド実験を経て、
音楽を通して“心の修復”を描こうとした、ブランディの“癒しの記録”である。
サウンド面では革新性をやや抑えた一方で、リリックと感情表現はこれまで以上にストレートかつ深く、
ブランディというアーティストが**“歌で自らを語り、自らを赦す”**という姿勢を貫いたアルバムとなっている。
商業的には地味な成績にとどまったものの、
彼女がこの時期に向き合った“人間であることの脆さと美しさ”は、
SZAやSummer Walkerら、現代R&Bの“感情のリアリズム”に直結するものであり、
今なおじわじわと影響を与え続けている。
おすすめアルバム(5枚)
- Alicia Keys『As I Am』
内省と再生をテーマにしたバラード中心のアルバム。『Human』と共鳴する温度感。 - India.Arie『Testimony: Vol.1, Life & Relationship』
“人間としての強さと優しさ”を歌う名盤。精神性の高さが共通。 - Jhené Aiko『Chilombo』
ヒーリングR&Bの決定版。情緒を解きほぐすような歌唱と空気感が『Human』に通じる。 - Tamar Braxton『Love and War』
強い女性像と感情のリアルさを重視したバラード中心のR&B。声の持つ説得力が共通点。 -
Leona Lewis『Spirit』
美しいメロディと繊細な感情を軸にしたバラード作品。『Human』と並んで聴きたい一枚。
後続作品とのつながり
『Human』のリリース後、ブランディは一時的に音楽活動から距離を置き、演技やリアリティ番組など別の活動に専念。
その後、2012年の『Two Eleven』では、よりアーバンでクールなR&B路線に回帰し、再びシーンへと帰還する。
だが、『Human』は今でも、彼女が最も**“素直で脆く、美しかった瞬間”**を封じ込めた特別なアルバムであり、
聴き手に静かな共感と癒しを届ける、“もう一つのマスターピース”なのだ。
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