アルバムレビュー：Honi Soit by John Cale

アルバムレビュー

2025.04.212025.04.26

発売日: 1981年3月
ジャンル: アートロック、ニューウェーブ、ポストパンク

“恥を知る者あらば”——John Caleが80年代初頭の不穏と快楽を切り取った、鋭利なニューウェーブ実験
全曲レビュー
総評
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“恥を知る者あらば”——John Caleが80年代初頭の不穏と快楽を切り取った、鋭利なニューウェーブ実験

『Honi Soit』は、John CaleがZE Recordsからリリースした1981年のスタジオ・アルバムであり、
Island時代の流血と詩情に満ちた3部作（『Fear』『Slow Dazzle』『Helen of Troy』）を経て、
ニューウェーブ／ポストパンク以後の“冷たい熱狂”を取り込んだ新章の幕開けとも言える作品である。

タイトルの「Honi soit qui mal y pense（悪意を抱く者こそ恥を知れ）」は、
中世イングランドのガーター騎士団の標語であり、道徳や権力、名誉と堕落の二重性を匂わせる挑発的な言葉。
Caleはこの言葉を借りて、80年代初頭の歪んだ政治性と情動の風景を、音と詩によって切り裂く。

プロデューサーにはライヴハウス・カルチャーとNYの前衛シーンをつなぐマイク・ソーン（Soft Cell、Wire）を迎え、
よりポップかつアグレッシブな音像に仕上げられているのも本作の大きな特徴である。

全曲レビュー

1. Dead or Alive

シンセとギターが交錯する攻撃的なオープニング。
「生か死か」という切迫した二元論を、Caleは冷たく投げつける。
曲調はキャッチーながら、暴力と誘惑の香りが充満している。

2. Strange Times in Casablanca

幻想的なタイトルに反して、都市と孤独、欲望の交差点を描いたようなニューウェーブ・ナンバー。
サビのリフレインにはどこか不穏な陶酔が宿る。

3. Fighter Pilot

低音のベースと緊迫感あるドラムが支配する、軍事的モチーフの楽曲。
“戦闘機の操縦士”という視点を通して、個人と国家、機械と感情の距離を問いかける。

4. Wilson Joliet

一見ポップなリズムの中に、人名を冠した謎めいたドラマが隠されている。
断片的なリリックとリズムの跳ね方がクセになる、実験的ストーリーテリング。

5. Streets of Laredo

トラディショナル・フォークソングを下敷きにした再解釈。
Caleのヴァージョンでは、死と祈りがより冷たく抽象化され、都市的な孤独へと変換されている。
電子音とストリングスの融合が印象的。

6. Honi Soit (La Première Leçon de Français)

アルバムタイトルを冠したこのトラックでは、フランス語の朗読のようなボーカルとミニマルなアレンジが絡み合う。
Caleのヨーロッパ的アイデンティティとアメリカのロック文脈の衝突が、ここに集約されている。

7. Riverbank

スローなテンポで進む、抑制された激情を湛えた楽曲。
“川岸”という場所が、記憶や後悔の象徴として立ち現れる。
Caleの歌声がとりわけ柔らかく、切実に響く。

8. Russian Roulette

80年代冷戦下の空気感を反映した、爆発寸前の緊張を孕んだナンバー。
タイトルの“ロシアン・ルーレット”そのままに、破滅と快感の紙一重をサウンドで描く。
ギターとシンセの緊張感が圧巻。

9. Magic & Lies

アルバムの締めくくりは、“魔法と嘘”という言葉のとおり、幻想と虚構をテーマにしたアートロック小品。
Caleの美学——“真実とは誰のためにあるのか”という問いが、静かに、しかし深く突き刺さる。

総評

『Honi Soit』は、John Caleが70年代的なロックの肉体性から距離を置き、
80年代的“感情の冷却”と“音の構造性”にシフトしていった端境期の記録である。

その変化は決してスタイルの変更にとどまらず、
Caleという表現者が時代に合わせるのではなく、時代を先回りして問い直している姿勢の現れだ。

“恥を知れ”と告げるようなこのタイトルにふさわしく、
このアルバムには政治的な怒り、社会への視線、そして人間の弱さと偽りに対する容赦のない観察眼が詰め込まれている。

Caleがただの“元ヴェルヴェッツの異端児”ではなく、
時代の奥に深く手を差し入れ続けた鋭利なアーティストであったことを、あらためて証明する作品である。