アルバムレビュー：God Is a Bullet by The Mission

発売日: 2007年4月30日
ジャンル: ゴシック・ロック、オルタナティブ・ロック、ハードロック、ポストパンク

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム（5枚）

概要

『God Is a Bullet』は、The Missionが2007年にリリースした8作目のスタジオ・アルバムであり、
再結成後の“音楽的復権”と、現代社会に向けた怒りと祈りを刻みつけた、最も鋭利で骨太な作品である。

90年代の終焉とともに活動を停止し、2001年の『Aura』で奇跡的な再生を果たした彼らだったが、
この『God Is a Bullet』では、さらに攻撃性と政治性を前面に押し出した“闘うロックバンド”としての顔を復活させている。

タイトルの“神は弾丸”という過激なフレーズは、宗教と暴力、権力と信仰、正義と破壊の曖昧な関係性を問うメタファー。
つまりこれは、Wayne Husseyによる“現代世界への預言的なロック詩”であり、The Missionのキャリアの中でも特に戦闘的なアルバムなのである。

音楽的には、原点回帰を思わせるギター中心のアプローチに加え、
エフェクトやポストパンク由来のエッジーさ、さらにはアメリカーナ的要素も加わり、ダークで骨太、かつ深くメロディアスな音像が築かれている。

全曲レビュー

1. Still Deep Waters

重く沈むようなベースラインと、低く這うようなヴォーカルで始まる、不穏で幻想的なオープニング。

“静かな深み”というタイトルが示すように、本作全体のテーマ＝抑制された怒りと暴力性を象徴している。

ミステリアスでありながら内燃的な導入。

2. Keep It in the Family

いきなりテンションを上げてくる、エネルギッシュで反復的なポストパンク調のトラック。

「家族の中で隠せ」という言葉に込められたのは、家庭内暴力、腐敗、そして口を閉ざす社会の構造。

音楽的にはGang of FourやKilling Jokeを思わせる、社会派のファンク・パンク系譜。

3. Belladonna

グルーヴィかつメロディックなナンバーで、“ベラドンナ（毒草）”という女性像を通して、愛と死、魅了と破滅の二律背反を描く。

ややゴシック・グラム的な香りもあり、耽美性と毒性を併せ持つThe Missionの中核的楽曲といえる。

4. To Love and to Kill with the Very Same Hand

本作のコンセプトを象徴する**“愛と殺意の同居”をそのままタイトルに掲げた、重厚な名バラード**。

ギターのアルペジオとストリングス風シンセが静かに絡み合い、
Husseyの歌唱は吐息のように親密で、痛みをはらんでいる。

『Carved in Sand』期の情緒と『Aura』期の精神性が交差する珠玉の1曲。

5. Draped in Red

血の色、怒りの象徴。

ギターリフとドラムのドライヴ感が印象的な、アリーナ級のダーク・ロック・アンセム。

歌詞には反戦・反権力のメッセージが込められ、“血の衣をまとった国家”という暗喩も読み取れる。

後期Missionにおける数少ない真正面からの社会批評的ロック。

6. Blush

耽美な旋律と切ないコード進行をもった、感情的に極めて豊かなミッドテンポの名曲。

“Blush”＝頬を染める、という繊細な感情の描写が、恋愛の初期衝動や失われた純粋性を呼び起こす。

『Neverland』や『Blue』といった内省的アルバムと響き合う、美しくもメランコリックな楽曲。

7. Chinese Burn

タイトルの通り、エスニックなモチーフと暴力性が絡み合う実験的トラック。

ノイジーなギターと歪んだリズムが、暴力的快楽と無力感のループを示唆しており、全編にわたって不安定なテンションが持続する。

ダーク・ポストパンク的サウンドスケープ。

8. Father

アルバムの中でもっともパーソナルかつ傷に満ちたバラード。

父という存在への距離、怒り、そして赦し。
Husseyの歌詞がこれほどまでに赤裸々であったことは稀であり、
静かなピアノと共に、男性性や親子関係の再定義を試みる曲となっている。

The Missionの「最も弱く、最も強い瞬間」。

9. Hdshrinkerea

奇妙なタイトルと崩れた構成が特徴の、サイケデリック・ブレイク的トラック。

脳内混線、心的ノイズ、感覚の解離をテーマにしたような構成で、
アルバムの“核から遠ざかる時間”としての実験曲とも言える。

アルバム全体のバランスを破綻させずに保つ“余白”。

10. Running with Scissors

再びギアを上げ、暴走する衝動と危険を遊戯化したスピード感のあるロックナンバー。

“ハサミを持って走る”という比喩が、社会的逸脱、自己破壊衝動、あるいは純粋な自由として響く。

パンク的エネルギーが炸裂した爽快な一曲。

11. Absolution

神への赦し、それとも他者からの？
それとも、自分自身への赦しなのか。

教会音楽を思わせる荘厳なサウンドと、赦しと贖罪の不可能性を歌った、深い精神性を湛えたバラード。

まさにタイトル『God Is a Bullet』と対を成すような、アルバムの魂。

12. Grotesque

名前に違わぬ、崩れた美と不穏さの渦の中で踊るトラック。

サウンドはファンキーでいて不協和、
外面の美しさと内面の歪みを対比する、哲学的なポストパンク・ゴスのハイブリッド。

Wayne Husseyの“語り部”としての技が冴える異形作。

13. Running with Scissors (Remix)

最後に再登場するこのリミックスは、よりインダストリアルかつブレイクビーツ的処理が施されており、
アルバムを音楽的にも構造的にも“破壊”して終わらせる構成となっている。

循環する終わり、閉じない幕。

総評

『God Is a Bullet』は、The Missionが2000年代に放った最も強靭で骨太なロック・アルバムであり、
そのキャリアにおいて“再び牙を剥いた瞬間”の記録である。

耽美性や抒情に傾倒しがちだった90年代後半から一転、
本作では暴力、政治、宗教、性、家族といった現代的テーマに対する生々しい問いかけが展開される。

かつて神話と幻想のバンドであったThe Missionが、
“神＝弾丸”という最も残酷な比喩を手に、現実世界と対峙したこの作品は、
単なる回顧的ロックではない、“時代を撃つ音”だった。