発売日: 1980年4月28日
ジャンル: AOR、ソフトロック、ジャムロック
白スーツで“天国へ”——80年代の入口に立つ、奇妙で優雅なデッドの変身
『Go to Heaven』は、Grateful Deadが1980年にリリースした11作目のスタジオ・アルバムであり、
新メンバーブレント・マイドランド(キーボード/ヴォーカル)が初参加した作品でもある。
70年代のジャム・ロックやカントリーテイストから一転、
ここではより洗練されたAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)的なサウンドを志向。
シンセサイザーの導入、ポップなアレンジ、より端正な曲構成。
それは時代の波に応じた変化であると同時に、“デッドらしからぬ”実験的姿勢でもあった。
ジャケットの白スーツ姿に象徴されるように、
本作のGrateful Deadは「死」ではなく「天国(Heaven)」を意識し、
明るく、しかしどこかアイロニカルな微笑みをたたえている。
全曲レビュー
1. Alabama Getaway
アルバム冒頭を飾るストレートなロック・ナンバー。
ガルシアのギターが快活に鳴り響き、ライヴでも長く演奏された人気曲。
“アルバマから逃げろ”というフレーズには、地理よりも人生からの逃避や再出発のメタファーが込められている。
2. Far From Me
ブレント・マイドランドによる切ないバラード。
AOR的なエレピと、やや苦みを帯びたヴォーカルが特徴。
彼の登場により、バンドに“感情の微細さ”が加わった印象を残す。
3. Althea
グレイトフル・デッドの中でも特に人気の高いナンバー。
ゆったりしたグルーヴに、哲学的でウィットに富んだハンターのリリックが乗る。
会話形式で綴られる歌詞は、神話と人間の心理を軽やかに往復するようだ。
4. Feel Like a Stranger
スラップ気味のベースラインとファンキーなグルーヴ。
ボブ・ウィアによるヴォーカルは、誘惑と混乱の狭間に揺れるような色気を帯びている。
1980年代型デッドの代表的ファンクチューン。
5. Lost Sailor
夢と現実のあいだをさまよう“迷える水夫”の物語。
海を舞台にしたメタファーと、内省的な詞世界。
“次に続く曲”とセットで聴くことで真価を発揮する。
6. Saint of Circumstance
「Lost Sailor」とのペアで演奏されることの多い、力強い希望の歌。
“予測不能な人生の中で、自分の聖域を見出せ”というテーマが貫かれている。
複雑なリズムと高揚感ある展開で、アルバム中でも屈指の名曲。
7. Easy to Love You
再びマイドランドによる甘いAORバラード。
タイトル通りの優しいトーンと、80年代らしい洗練されたコード進行。
だがその“優しさ”の中にも、孤独と未練が微かに残っている。
8. Don’t Ease Me In
デッド初期からの伝承曲を再録。
本作における唯一のトラディショナル・スタイル。
全体の洗練されたムードを一度壊すような、茶目っ気とルーツ回帰の象徴。
総評
『Go to Heaven』は、Grateful Deadが“らしさ”の脱構築を試みたアルバムである。
ジャムや即興の要素は抑えられ、ソングライティングとスタジオ・アレンジに重きが置かれている。
そのため、ファンの間では評価が分かれることも多いが、
“Althea”や“Feel Like a Stranger”、“Saint of Circumstance”など、
のちにライヴ定番曲となるナンバーを多数含んでおり、デッドにとって重要なターニング・ポイントといえる。
また、新メンバー・マイドランドの感性が加わったことで、
バンドにより繊細で叙情的な色彩が差し込まれたことも見逃せない。
1970年代の終わりと、1980年代の幕開け。
その狭間に立って、グレイトフル・デッドは一度“装い”を変え、静かに前進したのだ。
おすすめアルバム
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『Duke』 by Genesis
80年代への移行期におけるプログレバンドのポップ志向作品。構成美と親しみやすさの両立。 -
『Toto IV』 by Toto
AORと技巧派ロックの融合。『Go to Heaven』の都会的音像と通じる洗練。 -
『Reflections』 by Jerry Garcia
ガルシアのソロ作としてのリリカルな側面。マイドランド参加前の“感情の原型”。 -
『American Beauty』 by Grateful Dead
“歌”と“言葉”に重点を置いた原点のような名作。今作との比較が面白い。 -
『The Completion Backward Principle』 by The Tubes
80年代型アートロック×ポップの好例。音とアイロニーのバランス感覚が共鳴する。
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