発売日: 2017年9月1日
ジャンル: ポップ・ロック、エレクトロ・ポップ、ダンス・ポップ
概要
『Freedom Child』は、アイルランド出身のバンド The Script が2017年にリリースした5作目のスタジオ・アルバムであり、彼らのキャリアにおける最大の“音楽的転換点”といえる作品である。
これまでのThe Scriptは、ピアノを中心とした叙情的なポップ・ロックと、語りかけるようなボーカルを武器に、恋愛や人生の痛みをリアルに描くスタイルで親しまれてきた。
しかし本作では、打ち込み主体のエレクトロ・ポップやレゲトン、トラップ、EDM的アレンジなど、2010年代中盤以降のポップ・トレンドを大胆に取り入れ、バンドとしての音楽性を大きく刷新している。
それは単なる“売れ線”の追求ではなく、「自由とは何か？」「現代社会におけるアイデンティティとは？」という大きな問いに向き合うための試みでもあった。
テロ、分断、ポスト・トゥルース時代――混乱の中で“子どもとしての自由”を模索するこの作品は、明確に「社会とつながる音楽」として作られているのだ。
メンバー自ら「これまでで最も実験的」と語る本作は、賛否を呼びながらもThe Scriptの“次のフェーズ”を示す強い意志が刻まれている。
全曲レビュー
1. No Man Is an Island
“人は孤島ではない”という名言をそのままタイトルにしたオープニング。
レゲエ調のリズムとアンセミックなメロディが特徴的で、人とのつながりの大切さを説く。
サビの開放感と、意外性のあるサウンドが新生The Scriptを予感させる。
2. Rain
先行シングルであり、軽快なレゲトン調のポップソング。
失恋の痛みを“雨”に喩えながらも、ダンサブルで明るいテンションが印象的。
従来の叙情性を保ちつつ、クラブポップへの歩み寄りが感じられる一曲。
3. Arms Open
ピアノの旋律から始まり、徐々にビルドアップする壮大なバラード。
「腕を開いて君を迎え入れる」というメッセージが、分断の時代における包容力の象徴として響く。
4. Rock the World
エッジの効いたビートと、政治的・社会的メッセージが込められた挑発的な楽曲。
「世界を揺らせ」というフレーズに、アーティストとしての意志と社会への呼びかけが込められている。
5. Mad Love
中毒性のあるフックとラテン・ポップ調のビートが融合したダンス・チューン。
“狂ったような愛”をテーマに、執着と快楽が入り混じる現代的ラブソング。
6. Deliverance
宗教的・スピリチュアルな言語を借りつつ、「救い」とは何かを探るバラード。
過去作『Science & Faith』の精神性を、より抽象的に展開したような印象。
7. Divided States of America
本作中もっとも明確な社会批評。
アメリカの分断をテーマにしたタイトルと歌詞は、トランプ時代の空気を直に反映している。
風刺的ながらも、どこかユーモアを交えた視点も感じさせる。
8. Wonders
人生の不思議さ、世界の美しさを称える希望のアンセム。
「何か奇跡が起きてほしい」という純粋な祈りが、シンセとコーラスの波に乗って広がる。
9. Love Not Lovers
「愛」と「恋人」は別物だと歌う哲学的なラブソング。
関係性よりも感情の本質に目を向けた構成がユニーク。
10. Eden
楽園（Eden）という象徴を使い、「本当に欲しかったものは何だったのか？」と問う。
エレクトロなリズムの中に漂う喪失感が印象的。
11. Make Up
喧嘩後の仲直りをテーマにした、ややユーモラスな軽快ソング。
バンドの“話しかけるような語り口”が生きており、聴きやすい一曲。
12. Written in the Scars
人の痛みや過去が“傷跡に書かれている”という詩的な表現が心に残る。
ゆったりとしたテンポと穏やかなボーカルが、アルバムの終盤に落ち着きをもたらす。
13. Awakening
自己の再生と目覚めをテーマにしたエモーショナルなバラード。
“Awakening”という言葉が、本作全体に通じる“変化”のモチーフを明確に提示する。
14. Freedom Child
表題曲にして、アルバムの核。
“自由な魂を持った子供たち”に託すメッセージが、希望と警鐘を同時に鳴らす。
サウンドはミニマルだが、リリックの力は最大級。
総評
『Freedom Child』は、The Scriptが初めて真正面から“時代と戦った”アルバムである。
前作までの彼らは、「個人の感情」を優しくすくい上げることで、リスナーに寄り添ってきた。
しかし今作では、個人から社会へ、恋愛から政治・宗教・民族といった公共的な領域へと踏み込み、“誰かの物語”から“みんなの現実”へと視野を広げている。
音楽的には大きな冒険となった。エレクトロ、レゲトン、トラップ、アンビエントなど、バンド・フォーマットの枠を超えた試みは賛否を生んだが、それはむしろ“変化を恐れない姿勢”の証明でもある。
一方で、「Arms Open」や「Written in the Scars」のように、従来のThe Scriptらしい温かさや叙情性も随所に残っており、全編が“過去と未来の架け橋”のような構成になっている。
『Freedom Child』は、単なるアルバムではなく、メッセージであり、問いであり、そして“これからのThe Script”のプロローグなのかもしれない。
その問いを、聴き手はどう受け止めるのか――それこそが、この作品の本当の完成を意味する。
おすすめアルバム（5枚）
- OneRepublic『Human』
電子音と感情表現を融合させたスタイルで、ポスト・バンド的ポップの理想形。 - Coldplay『A Head Full of Dreams』
ポジティブでダンサブルな転換を遂げた一作。The Scriptの方向転換と近い軌道。 - X Ambassadors『VHS』
バンドサウンドにエレクトロと社会性を加えた実験作。『Divided States〜』と響き合う。 - Bastille『Wild World』
現代社会の不安と希望を、アンセミックなサウンドで描いた作品。テーマの重なりが強い。 - Imagine Dragons『Origins』
ロックとEDMの狭間で、パーソナルとグローバルをつなぐ構成が『Freedom Child』と並走する。
ビジュアルとアートワーク
『Freedom Child』のジャケットは、ネオンカラーの中に拳を高く掲げた人物のシルエットが描かれており、“個の叫び”と“集団の希望”を象徴している。
このビジュアルは、アルバムの社会的メッセージや“解放”というキーワードを視覚的に伝えるだけでなく、バンドの“新しい美学”をも示している。
アートワークと音楽、メッセージの三位一体――それは、The Scriptが“ただのポップバンド”ではなく、今を生きるための“声”であることの証なのである。
コメント