1. 歌詞の概要
「Flipside」は、ノラ・ジョーンズが2016年にリリースしたアルバム『Day Breaks』に収録された、彼女のキャリアの中でも異彩を放つアップテンポでジャジーなロックナンバーである。
従来のノラの穏やかで内省的なラブソングのイメージとは異なり、この曲では社会的メッセージを含んだ強い口調の歌詞が展開されており、ノラ自身がアーティストとして、そしてひとりの人間として世界に問いを投げかける姿勢が強く感じられる。
タイトルの“Flipside（裏面、もう一つの側面）”という言葉には、現実の裏にある真実、あるいは普段見過ごされている問題に目を向けようという意図が込められている。日々流れるニュース、分断される人々、形骸化した選択──それらに対する焦燥感と、今この瞬間に「目を覚まそう」とする訴えが込められているのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Flipside」は、アルバム『Day Breaks』の中でも最もエネルギッシュな楽曲である。これまでのノラ・ジョーンズといえば、穏やかなピアノと柔らかい歌声、そして恋愛や日常の機微を描く作風が特徴だった。しかしこの曲では、ドラムが前面に出て、ホーンやベースもグルーヴを刻み、彼女の声も力強く、どこか怒りを秘めているような響きを帯びている。
制作には、ジャズやソウルのフィールドで活躍する名手たちが参加しており、音楽的にも非常に高度な構成を持っている。アルバム全体としては彼女の“ジャズへの原点回帰”がテーマだが、「Flipside」ではその原点に“現代性”というフィルターをかけ、政治的かつ社会的な文脈へと昇華させている。
この曲が生まれた2016年は、アメリカにおいて大統領選挙の年であり、分断や緊張が国中に広がっていた時期である。ノラ・ジョーンズはその状況を前に、音楽家として何を語るべきかを自問し、その答えの一つとしてこの曲を生み出したと語っている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元：Genius Lyrics – Norah Jones “Flipside”
I tried to keep my cool
落ち着いていようとしたけどBut my life turns around
私の世界はひっくり返ってしまったI’m not looking to hold you down
あなたを押さえつけようなんて思っていないJust want to lift you up
ただ、あなたを引き上げたいだけ
この冒頭では、葛藤とともに“誰かを助けたい”という意志が語られている。個人的な感情と社会的な視点が交差する、現代的な内面の描写だ。
So don’t be late
だから、遅れないでDon’t hesitate
ためらわないでWe can’t wait to get on the flipside
早く、裏側の真実にたどり着こう
ここでの“flipside”は、ただの反転ではなく、「本当の姿」や「より良い世界」のメタファーだと考えられる。現状に留まるのではなく、行動すること、動くこと、声を上げることの大切さが暗示されている。
4. 歌詞の考察
「Flipside」は、ノラ・ジョーンズにとって異例の“プロテスト・ソング”とも言える位置づけの楽曲である。彼女はこれまで、直接的なメッセージを避けてきた印象が強いが、この曲では明確に“社会への声”を発している。
ただし、その語り口は決して攻撃的ではなく、あくまで冷静で、詩的で、リスナーに問いかける形を取っている。これがノラらしさであり、だからこそ強く響くのだ。
“Don’t be late / Don’t hesitate”と繰り返されるラインには、いま立ち止まっている私たちへの揺さぶりが込められている。沈黙せず、無関心にならず、誰かの声を聞き、行動する勇気を持つこと──それが「flipside」へたどり着く唯一の道だと、彼女は歌っている。
また、この曲では“あなた”と“わたし”という個人的な関係性を軸にしているが、それはそのまま“市民”と“社会”という構造にも置き換えられる。私たち一人ひとりの感情や選択が、世界を変える力になりうるという、きわめて民主的なビジョンがここにはある。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- It’s a Man’s Man’s Man’s World by James Brown
社会的構造を痛烈に描きつつも、ソウルフルな感情が溢れる名曲。ノラの「Flipside」と同じ“静かな怒り”を感じさせる。 - Mississippi Goddam by Nina Simone
公民権運動を背景に、差別と闘う姿勢を明確にしたジャズ・ソウルのプロテストソング。ノラの姿勢とも響き合う。 - Love and Hate by Michael Kiwanuka
個人の葛藤と社会との断絶を描いた重厚なバラード。スピリチュアルなサウンドとメッセージ性が共鳴する。 - Freedom by Beyoncé feat. Kendrick Lamar
現代アメリカにおける“声を上げる”ことの意味を突きつける、力強いアンセム。 - Ballad of the Dying Man by Father John Misty
社会批評と皮肉が交錯する詩的な楽曲。ノラの優しい視点とは異なるが、同様に“見過ごされる真実”に光を当てている。
6. 静かな声の爆発力：ノラ・ジョーンズの“語る力”
「Flipside」は、ノラ・ジョーンズが単なる“癒し”の存在ではないことを知らしめた楽曲である。彼女は穏やかで、内向的なスタイルを貫いてきたが、決して社会に無関心だったわけではない。この曲に込められた怒りや焦燥、そして希望は、そのすべてを内に秘めてきたからこそ生まれたものだろう。
また、特筆すべきはこの曲の“グルーヴ”である。ピアノだけでなく、ベースやドラム、ホーンが絡み合うことで、言葉の重みが身体的なリズムとしてリスナーに訴えかけてくる。これは“考えさせる”だけでなく、“動かす”音楽でもある。
ノラ・ジョーンズは、この「Flipside」で私たちに問いかけている。「あなたは今のままでいいの？」と。
それは決して強要ではなく、そっと肩を叩くような優しさを伴っている。だがその一声が、もしかしたら世界を変える最初の一歩になるかもしれない──そんな力を、この曲は静かに宿しているのだ。
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