
1. 歌詞の概要
「Firth of Fifth」はGenesisが1973年に発表したアルバム『Selling England by the Pound』に収録された楽曲であり、プログレッシブ・ロックを代表する名曲として知られている。タイトルはスコットランドに実在する湾「Firth of Forth」をもじった言葉遊びであり、地理的な響きと詩的な抽象性を兼ね備えている。
歌詞は大自然の荘厳さと人間存在の小ささを描き出し、海や大地のイメージを通して、永遠に続く自然と儚い人間の対比を示している。光、川、丘といった自然のモチーフは、人生の流れや時間の循環を象徴しており、全体的に寓話的かつ哲学的な色彩を帯びている。
物語性というよりも叙景詩に近く、「人間は自然に比べてどれほど小さく、移ろいやすい存在であるか」というテーマが中心となっている。音楽と歌詞が一体となり、壮大な世界観を作り上げているのが特徴だ。
2. 歌詞のバックグラウンド
Genesisは1970年代前半にプログレッシブ・ロックの旗手として急速に台頭した。その中でも『Selling England by the Pound』はイギリス的な叙情と社会的風刺を織り交ぜた傑作とされ、Peter Gabrielの演劇的な表現、Tony Banksのクラシカルな鍵盤、Steve Hackettのギターが頂点に達した作品である。
「Firth of Fifth」はキーボーディストのTony Banksが中心となって作曲した楽曲であり、冒頭と中盤のピアノ・パッセージはクラシック音楽の影響が色濃い。特にイントロのピアノは難解な転調とリズムを伴い、当初はライブ演奏が難しいとされたほどであった。
この曲の最大の聴きどころは、中盤のインストゥルメンタル・セクションにある。Banksの壮大なピアノとシンセサイザーの旋律に続き、Hackettのギター・ソロが登場する。このソロは「泣きのギター」と称され、プログレッシブ・ロック史に残る名演として高く評価されている。感情の高まりを抑制しながら徐々に解放していくその構造は、楽曲全体のテーマである「自然の壮大な流れ」と重なり、聴く者に強烈な余韻を残す。
また、歌詞はGabrielが歌っているが、楽曲全体に占める割合は少なく、むしろ長大なインストゥルメンタルこそが核心となっている点も特徴的である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に「Firth of Fifth」の印象的な部分を抜粋し、英語歌詞と和訳を併記する。
(歌詞引用:Genius)
The path is clear
道は明らかに示されている
Though no eyes can see
たとえ誰の目にも見えなくても
The course laid down long before
その道筋は遥か昔から定められていた
And so with gods and men
神々と人々と共に
The sheep remain inside their pen
羊たちは囲いの中に留まり
Until the shepherd leads his flock away
羊飼いが群れを連れ出すまで
この冒頭の歌詞は、人間の生の行程がすでに自然や神によって定められているという宿命観を示しつつ、羊と羊飼いの比喩を用いて「導き」と「従属」の構造を描いている。
4. 歌詞の考察
「Firth of Fifth」の歌詞は、自然の壮大さを背景にした人間存在の儚さを描く哲学的な詩である。道は「すでに定められている」とされ、人間はその流れの中を歩む存在に過ぎない。この視点は、自由意志と宿命の関係を問いかけるものでもある。
羊と羊飼いの比喩は、信仰や社会の枠組みを示すと同時に、人間が大きな存在に従属する姿を象徴している。Gabrielが歌うことで、単なる寓話ではなく、現代に生きる人々への問いかけとして響くのが印象的だ。
さらに、この曲の音楽構造そのものが「自然の循環」を表現している。ピアノのモチーフが何度も現れ、それがギター・ソロへと変奏され、やがて再び静かに終わる。この流れは川の流れや季節の移ろいを思わせ、まさに「自然と人間の対比」を音楽で体現しているのだ。
Hackettのギター・ソロは、歌詞の持つ宿命観を「感情のうねり」として具体化した部分である。哀愁を帯びつつも解放感を伴う旋律は、人生の儚さと同時に、その中で輝く一瞬の美しさを示しているとも解釈できる。
「Firth of Fifth」は言葉以上に音楽そのものが語る曲であり、Genesisが持つ知的で感情豊かな側面を最も鮮明に伝えている。
(歌詞引用:Genius)
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Supper’s Ready by Genesis
22分を超える大作で、宗教的寓話と音楽的劇性を極限まで高めた名曲。 - The Cinema Show by Genesis
同じアルバムに収録され、二重奏的な美しさとインスト・パートの壮大さが共通する。 - Starless by King Crimson
荘厳で哀愁を帯びたメロディが展開し、プログレッシブ・ロックの叙情を極めた楽曲。 - Awaken by Yes
宗教的・宇宙的スケールで展開される大曲で、「Firth of Fifth」と並ぶプログレの頂点。 - Echoes by Pink Floyd
自然や宇宙を想起させる音楽構造が共通し、プログレ史を代表する作品。
6. 「Firth of Fifth」の意義
「Firth of Fifth」はGenesisのプログレッシブ・ロック時代を象徴する楽曲であり、彼らの最高傑作のひとつとして評価されている。歌詞が示す哲学的なテーマと、クラシカルなピアノ、そして歴史的名演とされるHackettのギター・ソロが融合し、ジャンルを超えて普遍的な感動をもたらす。
この楽曲は、Genesisが単なる技巧派バンドではなく、深い思想と美意識を持ったアーティスト集団であることを証明した作品である。リリースから半世紀が経った今も、「Firth of Fifth」はプログレッシブ・ロックを語る上で欠かすことのできない金字塔として輝き続けている。



コメント