1. 歌詞の概要
「Fairies Wear Boots」は、ブラック・サバスのセカンドアルバム『Paranoid』(1970年)のラストを飾る楽曲である。サイケデリックな幻覚体験を思わせる内容で、タイトル通り「妖精がブーツを履いている」というシュールで不思議なイメージが繰り返される。歌詞は一見ナンセンスに思えるが、そこには当時のカウンターカルチャーやドラッグ体験、さらには日常に潜む滑稽さと恐怖が交錯している。ブラック・サバスが得意とする「現実と幻想の境界線を揺るがす表現」が全開になった曲である。
2. 歌詞のバックグラウンド
この楽曲の成り立ちについては、いくつかの説が存在する。最も有名なのは、バンドがストリートでスキンヘッズと遭遇した体験をもとに書かれたという説である。彼らの威圧的な姿が「妖精がブーツを履いている」ように見えたというエピソードは、オジー・オズボーン自身が後年のインタビューで語っている。また、歌詞の中には明らかに幻覚やドラッグ体験を思わせる描写もあり、その影響が大きいことは否定できない。
サウンド面では、トニー・アイオミのヘヴィなリフとギーザー・バトラーのうねるベースライン、そしてビル・ワードのジャジーで力強いドラミングが際立っている。楽曲の後半は長いインストゥルメンタル・パートとなり、ブラック・サバスの持つブルースロックのルーツと即興的な要素が前面に出ている。この構成によって、歌詞が描く幻覚的な世界が音楽的にも表現されているのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
(引用元: Black Sabbath – Fairies Wear Boots Lyrics | Genius)
Goin’ home, late last night
昨夜遅く、家に帰る途中
Suddenly I got a fright
突然、恐怖に襲われた
Yeah, I looked through the window and surprised what I saw
窓を覗くと、驚くべき光景が広がっていた
Fairy boots are dancin’ with a dwarf
妖精のブーツが小人と踊っていたのだ
Fairies wear boots and you gotta believe me
妖精はブーツを履いているんだ、信じてくれ
I saw it, I saw it with my own two eyes
俺は見たんだ、この目で確かに見たんだ
この描写は夢か幻覚か、あるいは現実なのか判然としない。だがその曖昧さこそが、この曲のユーモアと不気味さを際立たせている。
4. 歌詞の考察
「Fairies Wear Boots」は、一見すると単なるジョークのように見える。しかし、ブラック・サバスの他の楽曲と同様、そこには深い文化的背景が潜んでいる。
まず、歌詞のナンセンスさはドラッグ体験や幻覚を連想させる。1970年前後のイギリスは、サイケデリック文化とドラッグが結びついた時代であり、現実と幻想が混じり合う感覚は当時の若者にとって日常的なテーマであった。この曲の「妖精がブーツを履いて踊る」という突飛なイメージも、そのような精神状態を象徴していると解釈できる。
また、スキンヘッズをモチーフとした説も興味深い。バンドが遭遇した現実の「恐怖」を、幻想的かつ滑稽なイメージに変換することで、社会的緊張を風刺的に描き出しているとも考えられる。つまり、暴力的で威圧的な存在を「妖精」として戯画化し、逆に恐怖を笑い飛ばしているのだ。
さらに注目すべきは、曲の後半のインストゥルメンタル・パートである。ブルース的な即興演奏が長く展開されることで、リスナーは「物語の外側」へと解放されるような感覚を味わう。これは、歌詞の幻覚的な世界から現実へと戻る過程を音楽的に表現しているようにも感じられる。ブラック・サバスはこの曲で「恐怖」と「ユーモア」、「現実」と「幻想」を自在に行き来し、聴き手を揺さぶっているのだ。
「Fairies Wear Boots」は、彼らのダークなイメージに軽妙さと風刺を加えた重要な一曲であり、ブラック・サバスの多面的な魅力を理解する上で欠かせない作品である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Sweet Leaf by Black Sabbath
サバス流の「愛の歌」であり、同じくドラッグ文化と結びつくテーマを持つ。 - The Wizard by Black Sabbath
幻想的存在をモチーフにした歌詞とブルージーなサウンドが「Fairies Wear Boots」と響き合う。 - Behind the Wall of Sleep by Black Sabbath
夢と現実の境界を描く初期の楽曲で、幻想性が際立つ。 - White Rabbit by Jefferson Airplane
幻覚体験を象徴的に歌い上げた楽曲で、同時代のサイケデリックな世界観に近い。
6. 幻想と風刺が交錯するラストナンバー
「Fairies Wear Boots」は、アルバム『Paranoid』を締めくくるにふさわしい一曲である。アルバム冒頭の「War Pigs」が戦争批判を叩きつけ、「Paranoid」が狂気を描き、「Iron Man」が黙示録的な物語を語る中で、この曲は一転して「幻覚的で風刺的な物語」を提示する。シリアスな重みを持つ楽曲群の最後に、このような遊び心ある楽曲を配置したことは、バンドの柔軟さと独創性を際立たせている。
「妖精がブーツを履いている」というユーモラスなイメージは、現実の暴力や恐怖を相対化する寓話的な装置であり、同時にサバスが持つダークユーモアのセンスを象徴しているのだ。
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