1. 歌詞の概要
「Everglade(エバーグレイド)」は、L7が1992年にリリースしたサード・アルバム『Bricks Are Heavy』のラストを飾る楽曲であり、同アルバムの中でもとりわけ激しく感情が揺さぶられるナンバーである。タイトルにある「Everglade(エバーグレイド)」とは、米国フロリダ州にある湿地帯で、その広大さと湿っぽくも息づく生命の象徴的な風景が、歌詞の中では“逃れられない感情の泥沼”として比喩的に使われている。
この曲は、恋愛関係または深い人間関係の破綻をテーマにしながら、ただの失恋ソングにはとどまらない。語り手は、相手への未練も怒りもすでに振り切っているが、それでも心のどこかで「なぜこうなってしまったのか」という疑問が燻り続けている。そしてそのモヤモヤを、L7らしいラウドで鋭いギターサウンドと咆哮にも似たヴォーカルで、最後には“ぶっ放す”ように解放していく。
「Everglade」は、“感情を整理するのではなく、感情そのものをぶつける”ことに全力を注いだ楽曲であり、アルバムのクライマックスとしての強烈なカタルシスをもたらす。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Bricks Are Heavy』は、プロデューサーにButch Vig(Nirvana『Nevermind』を手がけた名プロデューサー)を迎え、L7のサウンドが最大限に肉厚で歪んだかたちに進化したアルバムであり、「Pretend We’re Dead」などのヒット曲によってバンドの名を広く知らしめた重要作である。
「Everglade」は、そのアルバムを締めくくるトラックであり、L7の持つ“泥臭さと鋭さの同居”が最もよく表現されている。Donita SparksとSuzi Gardnerのギタープレイはここで特にラフで生々しく、ドラムとベースも極めて重く引きずるように進行し、“感情の濁流”そのものを体現している。
歌詞の面でも、この曲は最も直截的で怒りに満ちている。彼女たちは決して繊細な言葉で失恋を語ることはせず、むしろ「私は私のままでいるし、あなたの偽善も同情もいらない」と言い放つ。これは、L7のフェミニズム的姿勢とも通じる、“弱さを見せない強さ”の表現でもある。
3. 歌詞の抜粋と和訳
You pretend you’re high
Pretend you’re bored
あなたはハイになってるふり
退屈してるふりPretend you’re anything
Just to be adored
崇められるためなら
どんなフリだってするくせにAnd what you need
Is what you get
あなたが欲しがるものは
いつだって手に入るDon’t believe in fear
Don’t believe in faith
Don’t believe in anything
恐れなんか信じない
信仰なんて信じない
そもそも何にも信じてないくせに
※ 歌詞引用元:Genius – L7 “Everglade”
この歌詞は、相手の“ポーズ”を鋭く暴き出していく。ハイでクールで、世の中のすべてを見下しているような態度は、実のところ“愛されたい”という幼稚な欲望の裏返しでしかない――そんな人物像を、容赦なく切り裂いていくのがこの曲の語り手である。
サビでは、「Don’t believe in anything(何も信じない)」という否定の連呼が続くが、これは相手への絶望であると同時に、語り手自身の“もうどうでもいい”という諦めと、冷たい怒りの表現でもある。
4. 歌詞の考察
「Everglade」は、“自分の価値を見失わないための拒絶の歌”である。語り手は、相手の表面的な“クールさ”や“斜に構えた態度”の裏にある欺瞞を見抜いており、それに振り回されたことへの怒りを言葉にしている。しかし、その怒りは嘆きに変わることはない。むしろ、怒ることで自分を保っている、怒ることでしか前に進めない――そんな危うさと決意が同時に存在している。
そして、曲全体が持つ“泥濘のようなサウンド”が、この怒りをただの感情表現にとどめず、もっと大きな“空気そのもの”として聴き手に襲いかかってくる。まるでエバーグレイドの湿地を歩くように、足が沈んで抜け出せず、だがその中でしか呼吸ができないような――そんな息苦しさが、この曲にはある。
また、「Everglade」という自然の象徴が登場することで、個人的な怒りがどこか“神話的”なスケールに広がっていくのもこの曲の興味深い点である。恋愛の破綻を描いているようで、実はもっと深い“人間の醜さ”そのものを描いているのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Asking for It by Hole
自分の身体と欲望にまつわる暴力と責任の境界線を描いた、緊迫感あるバラード。 - Rid of Me by PJ Harvey
「愛さずにいられない」ことの狂気と、そこから解き放たれる瞬間を描いた名作。 - Lips and Legs by Babes in Toyland
女性の身体性と怒りを、破壊的なパンクで叩きつける一曲。 - Miss World by Hole
女性的イメージの裏側にある自虐と怒りを、甘美に破裂させたロックアンセム。 - Spin the Bottle by Juliana Hatfield Three
90年代女性オルタナの、毒と可愛さが入り混じるトーンで描かれる距離感の歌。
6. 湿地帯に沈みながら、それでも叫ぶ
「Everglade」は、L7というバンドの“激しさ”と“泥臭さ”、そして“怒りとユーモアの同居”を象徴するラストソングである。それは勝利の歌ではない。和解の歌でもない。ただ、どうしようもない関係や嘘や欺瞞に晒されたとき、人はどう声を出すのか――その答えのひとつが、この曲にはある。
Donita Sparksの吐き捨てるようなボーカルと、ギターの重低音が溶け合いながら、湿地帯の中で爆発するように響く。「私たちは、こんな場所でも生きている」と言わんばかりに。
だからこそこの曲は、ただの別れの歌ではない。
“自分を見失わないための最終手段”としてのロックなのだ。
コメント