発売日: 2003年10月21日
ジャンル: ポップ・ロック、シンガーソングライター、アダルト・コンテンポラリー
概要
『Coverage』は、マンディ・ムーアが2003年に発表したカバー・アルバムであり、ティーン・ポップ時代からの決別と、“音楽家としての新章”を象徴する意欲作である。
収録曲は全て1970〜80年代を中心とした名曲のカバーで構成されており、
エルトン・ジョン、ジョニ・ミッチェル、キャット・スティーヴンス、カーズといったマンディが影響を受けたアーティストたちへの敬意が込められている。
このアルバムの重要性は、商業的成功よりもむしろ、ティーン・アイドルとして消費されがちだった彼女が“音楽の選択者”としての立場を明確に打ち出した点にある。
当時19歳だったマンディは、本作を通じて“自らのルーツ”と“表現の軸”を見つめ直し、
同時に自分が進みたい道を、外野の期待とは別のところで定義し直そうとしていたのだ。
全曲レビュー
Senses Working Overtime(XTC)
オルタナ・ニューウェイブ的感性が強いXTCの楽曲を、瑞々しいフォーク・ポップへと再構築。
原曲のアングラ感は薄められているが、逆に詞の美しさが際立ち、マンディの解釈力が光る。
The Whole of the Moon(The Waterboys)
スピリチュアルで幻想的なバラードを、より内省的かつ静謐な音像でリメイク。
「君は月の全体を見ていた、私はただ欠片を見ていた」――というリリックは、彼女自身のティーン時代への総括のようにも響く。
Can We Still Be Friends(Todd Rundgren)
別れた後も“友達でいられるか”というテーマを穏やかに綴るナンバー。
アコースティック主体のアレンジと、声の温度感が絶妙にマッチしている。
恋愛の終わりを受け入れようとする姿勢が、大人への第一歩を示している。
I Feel the Earth Move(Carole King)
原曲よりテンポを落とし、ジャズやブルースの質感を織り交ぜた解釈で再構築。
声の艶と深みが加わり、10代のアイドルだった頃の彼女とは別人のように感じさせる。
Moonshadow(Cat Stevens)
原曲の牧歌性を残しながら、繊細で透き通るヴォーカルが加わることで、より夢幻的なトーンに昇華。
“影にすら意味がある”というメッセージが、彼女の人生観とも重なる。
Help Me(Joni Mitchell)
最もチャレンジングな選曲のひとつ。
ジョニ・ミッチェルの複雑なコード進行と浮遊するメロディに、マンディが丁寧に寄り添いながら歌う姿勢が心地よい。
“恋に落ちたことを後悔しながらも止められない”というリリックがリアルに響く。
Anticipation(Carly Simon)
淡い期待と焦燥感の交錯を描いた名曲。
マンディの丁寧な歌唱が、原曲よりも一層繊細な揺らぎを加えており、女性の内面描写に深みを与えている。
Drop the Pilot(Joan Armatrading)
本作の中で異彩を放つ軽快なナンバー。
“他の誰かは捨てて、私を選んで”という情熱的な主張が、彼女の中の“まだ若い恋心”を象徴する。
アレンジもシンプルで、ライブ感が強い。
One Way or Another(Blondie)
パンク・ニューウェイブのエネルギーを、ダークでストリップドダウンされたサウンドで翻案。
執着と欲望の入り混じる詞世界に、新たな陰影を与えている。
アイドル期には見せなかった攻撃性が垣間見える一曲。
Breaking Us in Two(Joe Jackson)
壊れかけた関係を描いたアダルト・コンテンポラリーな作品。
感情を抑制したヴォーカルが、むしろ切実さを浮かび上がらせている。
ミニマルなアレンジと呼応する演技的歌唱が特徴。
総評
『Coverage』は、“歌う”という行為が“演じる”ことへと深化した瞬間を捉えた記録である。
単なる懐古趣味ではなく、10代のアイドルから脱皮しようとする女性が、自分の声で“語り直す”という行為そのものがアルバムの核を成している。
このアルバムを通じて、マンディ・ムーアは“選ぶ耳”を持つアーティストへと変貌した。
その過程で、音楽性も表現の深度も格段に広がり、後年のシンガーソングライターとしての評価へとつながる礎が築かれていく。
また、Y2K以降のポップシンガーによるルーツ回帰の先駆け的存在としても評価されるべき作品であり、
音楽業界における“カバーアルバムの再定義”としても位置づけられるだろう。
おすすめアルバム(5枚)
- Norah Jones『Come Away With Me』
静謐なヴォーカルと大人の内省的世界が重なる。 - Cat Power『The Covers Record』
同じくカバーを通じて自己を再構築する試み。 - Fiona Apple『Extraordinary Machine』
原曲解体と再創造の精神性において共鳴。 - Aimee Mann『Lost in Space』
女性シンガーソングライターの孤独と知性の表現。 -
Tori Amos『Strange Little Girls』
カバーを通してフェミニンな視点を再構築する試み。
6. 制作の裏側(Behind the Scenes)
プロデューサーにはジョン・フィールズを迎え、レコーディングには生音志向のアプローチが取られた。
多くのトラックで実際のバンド演奏が使用されており、シンセや打ち込みに依存せず、人間の“呼吸”が感じられる温かみがアルバム全体に通底している。
マンディ自身も選曲に深く関与し、実際に影響を受けたアーティストを自ら選び抜いており、
「これは“教育的プロジェクト”ではなく、“私の本棚を公開するようなもの”」と語っている。
当時19歳にしてこのような選択をし、自分の道を“音楽的に”切り拓こうとする姿勢は、後年の彼女の芯の強さにもつながっていくのである。
『Coverage』は、誰かの声を借りながら、実は“最も自分自身を語っている”アルバムなのだ。
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