
1. 歌詞の概要
「Cherish」は、Kool & the Gangが1985年にリリースしたアルバム『Emergency』に収録されたバラード曲であり、ディスコやファンクで知られる彼らのイメージを一新するような、美しく繊細なラブソングである。
タイトルの「Cherish」は「大切にする」「慈しむ」という意味を持ち、楽曲全体を通じて語られるのは、愛する人への想い、共に過ごした時間の尊さ、そして永遠への願いである。華やかなパーティー感とは異なる、深く私的で、ロマンティックな時間が流れるこの曲は、Kool & the Gangの多面的な魅力を感じさせる作品である。
歌詞では、「あなたを愛し、あなたを失いたくない」という思いが、誠実でやさしい語り口で綴られており、愛という感情の静かな深みが伝わってくる。決して声高ではなく、ささやくように語りかけるその姿勢に、80年代の成熟したラブソングの気品が宿っている。
2. 歌詞のバックグラウンド
Kool & the Gangは、1970年代には「Jungle Boogie」「Hollywood Swinging」などのファンクで名を馳せ、1980年代には「Ladies’ Night」「Celebration」といったディスコ/ポップ路線へと転換する中で、リスナー層を広げていった。その流れの中で生まれた「Cherish」は、さらに一歩踏み込んで“バラード・グループ”としての側面を強く打ち出した作品だった。
1985年のアルバム『Emergency』は、ヒットシングル「Fresh」「Misled」「Emergency」などを含む成功作であり、「Cherish」はその中でも最も意外性と叙情性を備えたトラックとして、リスナーの耳と心を強くつかんだ。
ボーカルを務めるのは、J.T.テイラー(ジェームス・“J.T.”・テイラー)。彼のソウルフルで情感豊かな声は、派手なファンクにも、こうした内省的なバラードにも自然に馴染み、Kool & the Gangのサウンドに新たな表情を与えている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Genius Lyrics – Kool & the Gang “Cherish”
Cherish the love we have
ふたりの愛を大切にしようWe should cherish the life we live
今、生きているこの命も大切にしようCherish the love
愛を慈しもうCherish the life
人生を慈しもう
このサビのリフレインは、まるで祈りのような静かな反復であり、聴き手の胸にそっと語りかけてくる。愛や命の大切さを、シンプルな言葉で、しかし深い思いを込めて歌い上げている。
The world is always changing
世界はいつも変わっていくけれどNothing stays the same
同じままでいられるものなんて、ひとつもないBut love will stand the test of time
でも愛だけは、時の試練に耐えてくれる
ここでは、無常で変化し続ける世界の中においても、愛が唯一変わらずに残る“永遠”の象徴として描かれている。時代の不安や移ろいへのささやかな抵抗として、愛を信じるという構図が印象的だ。
4. 歌詞の考察
「Cherish」は、80年代のバラードに多く見られるような“大仰なドラマ性”を排し、あくまで抑制されたトーンで愛を語る。そのために生まれるのは、真に成熟した関係へのまなざしである。
この曲では、恋愛の始まりではなく、“すでに築き上げた愛”を慈しむ姿勢が強調されており、若さの衝動よりも、継続と記憶、そして感謝の感情が前面に出ている。
また、特筆すべきは“愛=命”という構図の提示である。冒頭から「Cherish the love」「Cherish the life」と並列されることで、この曲は愛をただの感情ではなく、人生を形作る“原動力”として捉えている。
この視点は、教訓的でもあり、また宗教的・哲学的な深みも帯びており、「恋の歌」にとどまらないスケールを持っているのだ。
音楽的にも、Kool & the Gangはここでファンクのリズムを抑え、シンセパッドや柔らかいギター、ストリングスを基調とした“静かな波”のようなアレンジを用いて、感情の穏やかな高まりを表現している。
それに乗るJ.T.テイラーのボーカルは、語りかけるようでありながら、確かな熱を帯びており、その声の響きそのものが“愛の継続”を体現しているようでもある。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Just Once by James Ingram
愛と時間、そして後悔をテーマにした1980年代の名バラード。感情の深みが共鳴する。 - Human Nature by Michael Jackson
繊細で内省的なトーンが共通。愛を通じて都市の孤独を描く名曲。 - Sweet Love by Anita Baker
落ち着いたテンポとスムーズなボーカルで、大人の愛を描いたソウル・バラード。 - Always and Forever by Heatwave
愛の永続を歌ったバラードとしては、時代も近く、テーマ性も響き合う。 - After the Love Has Gone by Earth, Wind & Fire
愛の終わりと、その価値を見つめ直す視点を描いた美しいバラード。
6. “ファンクバンド”の変貌:Kool & the Gangが示した静けさの力
「Cherish」は、Kool & the Gangが単なるファンク・パーティーバンドではないことを証明した転機的作品である。
これまで彼らが築いてきたエネルギッシュなイメージとは裏腹に、この曲では一貫して“静けさ”と“深さ”が追求されている。
それは、音楽的な実験というよりも、むしろ人間的な成熟の表れだった。時代が変わり、リスナーが大人になり、愛の形が変化していく中で、Kool & the Gangは“今こそ大切にすべきもの”を音楽として差し出したのだ。
派手さを抑えたこの曲が、彼ら最大級のヒットのひとつになったという事実は、音楽が必ずしも“刺激”を求めるだけではないということを教えてくれる。
「Cherish」は、人生の節目で聴きたくなるような、静かに寄り添う愛のバラードである。時の流れの中で、何かを失い、何かを得てきた人々へ──そのすべてを受け止め、抱きしめるように響く一曲なのだ。
コメント