発売日: 1993年7月20日
ジャンル: グランジ、オルタナティブロック、ハードロック
概要
『Candlebox』は、シアトル出身のバンドCandleboxが1993年に発表したデビュー・アルバムであり、グランジ・ムーブメントの絶頂期に登場しながらも、よりメロディアスでアリーナロック的な洗練を備えた“ポスト・グランジ”の先駆け的作品として評価されている。
パール・ジャムやサウンドガーデンが全盛を極める中で登場したCandleboxは、よりブルースやクラシックロック寄りの音楽性と、フックの効いた歌メロで大衆的な支持を獲得。
本作は、アトランティック・レコードと契約した直後に制作され、シングル「Far Behind」「You」「Cover Me」などが米国ロックチャートを席巻し、アルバムは400万枚以上のセールスを記録。
グランジの美学とメジャー指向のバランスをとった“商業的グランジ”の代表例とも言える。
特筆すべきはヴォーカリスト、ケヴィン・マーティンの圧倒的な声量と表現力であり、エモーショナルかつ繊細な歌声が、グランジ特有の無力感や怒りを、よりドラマティックに拡張している。
全曲レビュー
1. Don’t You
スローでブルージーな導入から一気に爆発する、Candlebox流の“静と動”。
感情の爆発と抑制が交錯する構成が秀逸で、オープニングからバンドの実力を印象づける。
2. Change
哀愁を帯びたイントロと、徐々に高まる展開。
“変化”を拒絶と憧れの両面から描き、90年代若者のアンビバレントな心情を的確に捉える。
3. You
攻撃的なリフとエッジの効いたヴォーカルで、Candleboxの代表曲のひとつ。
怒りと愛の狭間で揺れるようなリリックと、フックの強いコーラスが印象的。
4. No Sense
スラッジ風のダウナーなギターが印象的な、ヘヴィ寄りの一曲。
“意味なんてない”というリフレインが、90年代の虚無感を端的に表現する。
5. Far Behind
アルバム最大のヒット曲。
亡くなった友人(アンドリュー・ウッドとされる)に捧げたとされるリリックは、喪失、後悔、許しといった感情の渦を叙情的に描いており、グランジ史に残る名バラード。
6. Blossom
ややファンキーなリズムが新鮮なアクセントを加えるミドルテンポ・ロック。
花のように咲くこと=自己の開花をテーマにしたポジティブなメッセージも含まれている。
7. Arrow
複雑な構成と緊張感のある演奏が印象的。
タイトル通り“矢”のように突き刺さる感情を、そのまま音に変換したようなスリリングな展開。
8. Rain
淡々としたアコースティックな前半から、激しい後半へと変貌する構成美が光る。
“雨”というモチーフが、浄化/痛み/記憶の再生を象徴している。
9. Mother’s Dream
母という存在を描きながら、社会的抑圧と愛情の矛盾を暗示するような深い楽曲。
不穏な雰囲気が後半に向けて加速し、カタルシスへと至る。
10. Cover Me
疾走感のあるグランジ・ナンバー。
“自分を覆ってくれ”という言葉が、弱さと依存、信頼の複雑な関係性を表現している。
11. He Calls Home
ホームレスの若者の視点で語られる異色のバラード。
社会的な視座を持ち、“家”という概念の意味を問い直す叙事詩的楽曲。
感情的だが決して感傷的にはならず、静かな怒りを含んでいる。

総評
『Candlebox』は、グランジという枠組みの中で最もポップで、最もアリーナ向きで、そして最も誤解されがちな名作である。
ニルヴァーナの破壊衝動、パール・ジャムの政治性、アリス・イン・チェインズのダークネス——それらとは異なり、Candleboxは“感情の表現力”と“ソングライティングの構築美”によって自らのグランジを形成した。
その結果、批評家からは“洗練されすぎた”とも揶揄されたが、大衆の心には深く届き、多くのリスナーの個人的記憶に結びついている。
ヴォーカル、楽曲構成、演奏技術すべてにおいて安定感がありながら、決して“安全”ではなく、常に不安と痛みを内包した音楽であり続けたことが、本作を90年代ロックの中でも異彩を放つ存在にしている。
おすすめアルバム
- Temple of the Dog / Temple of the Dog
叙情性とヴォーカル主導の構成が共鳴。 - Collective Soul / Hints Allegations and Things Left Unsaid
ポップとグランジの中間で生まれたヒット作。 - Bush / Sixteen Stone
英語圏外からのグランジ解釈という点でも共通性あり。 - Stone Temple Pilots / Core
ハードロック寄りグランジとしての兄弟的存在。 -
Live / Throwing Copper
エモーショナルなボーカルと叙事詩的展開の共鳴。
歌詞の深読みと文化的背景
『Candlebox』の歌詞には、90年代前半のアメリカ社会における“怒りの後の虚無”と“希望のない親密さ”が濃密に描かれている。
「Far Behind」のような死者への鎮魂、「He Calls Home」のような社会的周縁からの視点、「You」のような依存と拒絶の綱引き。
それらは、単なる“暗い曲”ではなく、“声にならない不安や祈り”を美しいメロディに封じ込めた記録でもある。
グランジが叫びと沈黙のあいだで揺れていた時代、Candleboxはそのちょうど中間地点で、人間的な感情を深く丁寧に表現し続けた。
コメント