発売日: 2023年6月2日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ポスト・グランジ
概要
『But Here We Are』は、フー・ファイターズが最も深い喪失と再生を経て生まれた、
キャリアにおける最も感情的なアルバムである。
2022年3月、ドラマーのテイラー・ホーキンスが急逝。
バンドは活動休止状態に入り、世界中のファンがその悲報を共有した。
その沈黙を破るように発表された本作は、デイヴ・グロールが“悲しみを音にする”ために書いた喪失の記録であり、癒しの物語だ。
グロール自身は「このアルバムは僕たちにとって“現実に立ち返るための手紙”」と語っている。
タイトルの「But Here We Are（それでも俺たちはここにいる）」には、
“悲しみを抱えても、生き続ける”という静かな決意が込められている。
音楽的には、初期フー・ファイターズのラフで生々しいサウンドが復活している。
プロデュースは長年の盟友グレッグ・カースティン。
録音には新ドラマー（後にツアーでジョシュ・フリースが参加）が加わり、
かつての“家族のような一体感”を再構築しながら、痛みと愛をそのまま封じ込めた作品となった。
全曲レビュー
1. Rescued
オープニングからデイヴ・グロールの絶叫が突き刺さる。
「助けられるのを待ってる」という歌詞は、悲しみの中で手を伸ばすような祈り。
シンプルなコードと圧倒的な熱量――これこそ、フー・ファイターズの原点の音だ。
失われた仲間へ呼びかけるようなヴォーカルが胸を打つ。
2. Under You
アップテンポでありながら切ないメロディが流れる。
「君のいない毎日をどう生きればいい？」というリリックが、
まるでテイラーに語りかけているかのようだ。
悲しみを前向きなロックに変える、そのエネルギーが本作の核となっている。
3. Hearing Voices
静謐なイントロから始まり、内省的なリリックが展開。
“聞こえるのは過去の声”というフレーズが、亡き人の記憶と向き合う苦しみを表している。
サウンドは穏やかだが、感情の深度は圧倒的に深い。
4. But Here We Are
タイトル曲にして、アルバムの精神的中心。
グロールの声が“ここにいること”そのものを訴えるように響く。
ミドルテンポながら、演奏には緊張感が満ちており、
悲しみを受け入れながら歩き出す瞬間を描いたような楽曲だ。
5. The Glass
柔らかなギターと透明感のあるコーラスが美しい。
“ガラスのように壊れやすい心”を比喩に、
喪失の痛みと繊細な希望が交錯する。
バンドの中でも珍しく静かなトーンの名曲である。
6. Nothing at All
軽快なリズムに乗せて、虚無感を軽やかに描くという対照的な構成。
どこかビートルズ的なメロディセンスが光り、
痛みの中にもユーモアを忘れないフー・ファイターズの精神を感じさせる。
7. Show Me How
デイヴの娘ヴァイオレット・グロールがコーラス参加。
父と娘の声が重なることで、喪失の中に新しい生命の希望が浮かび上がる。
ドリーミーなサウンドとアンビエントな空気が漂い、
本作の中でも特に感情的に美しい瞬間。
8. Beyond Me
メロウなギターアルペジオと柔らかいドラムが印象的。
“君を超えられない”というタイトルどおり、
失われた存在にまだ囚われている心情が表れている。
抑制された表現がむしろ深い共感を呼ぶ。
9. The Teacher
アルバム中でも最長（約10分）で、グロールの母ヴァージニア・グロールへの追悼曲。
静かに始まり、途中で激しく崩れ、また静寂へと戻る――まるで人生そのものの構成。
“君が教えてくれたことを今、生きている”というメッセージが涙を誘う。
フー・ファイターズ史上最も叙情的で壮大なトラックである。
10. Rest
ピアノと穏やかなアコースティックギターで綴られるラストナンバー。
「もう休んでいい」と繰り返す優しい言葉が、
テイラーと母への鎮魂歌として心に響く。
すべてのノイズが消え、沈黙そのものが音楽になる瞬間で幕を閉じる。
総評
『But Here We Are』は、喪失と再生のアルバムである。
フー・ファイターズはこれまで幾度も痛みを超えてきた。
ニルヴァーナ解散後の再出発、メンバー交代、孤独との闘い――。
だが今回の喪失は、これまでのどんな悲劇よりも大きかった。
それでも彼らは再び立ち上がり、音楽で悲しみを語ることを選んだ。
サウンドは、デビュー作を思わせるローファイで生々しい質感を持ちながら、
メロディは成熟し、言葉はシンプルで深い。
「All My Life」や「Best of You」に見られた怒りのエネルギーは、
ここでは静かな慈愛と受容のエネルギーへと変化している。
特に「The Teacher」「Rest」の流れは、
グロールが人生の意味そのものを見つめ直した“祈り”のような美しさを放つ。
悲しみの中で鳴る音は決して絶望ではなく、希望の残響なのだ。
フー・ファイターズはこの作品で、“ロックの力”を改めて証明した。
それは単なる叫びでも抵抗でもない。
悲しみを抱えながら生きていくための勇気――その純粋な感情が、
10曲すべてに息づいている。
おすすめアルバム
- Wasting Light / Foo Fighters (2011)
アナログ録音による原点回帰作。感情の爆発とバンドの結束が光る。 - Concrete and Gold / Foo Fighters (2017)
重厚なサウンドスケープ。希望と現実の対立を描いた近作。 - Echoes, Silence, Patience & Grace / Foo Fighters (2007)
静と動のバランスが美しい、成熟期の代表作。 - MTV Unplugged in New York / Nirvana (1994)
デイヴ・グロールのルーツを知るために。喪失と静寂の共鳴点。 - Ghosteen / Nick Cave & The Bad Seeds (2019)
愛する者を失った後の“祈り”を音にした作品として響き合う。
制作の裏側
『But Here We Are』は、テイラー・ホーキンスの死からわずか数か月後、
デイヴ・グロールの自宅スタジオで制作が始まった。
デイヴ自身がすべてのドラムを叩いており、
演奏そのものが“テイラーへの弔い”のように響いている。
プロデュースを務めたグレッグ・カースティンは、
「デイヴは一音ごとに心を削っていた。まるで日記を読むように録音していた」と語っている。
録音現場では、涙と笑いが入り混じったという。
メンバー全員が“テイラーならこう叩いただろう”と想像しながら、
音楽を通じて再び彼と対話していたのだ。
そしてアルバム完成後、バンドは再びツアーを開始。
ステージには常にテイラーの写真が掲げられ、
「彼がいなくても、彼はいつもここにいる」という信念のもと、
ファンと共に“音楽を生きる”という行為を続けている。
『But Here We Are』は、
悲しみの果てに見つけた希望の灯火であり、
フー・ファイターズというバンドの存在意義そのものを再定義するアルバムなのだ。
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