発売日: 2001年7月2日
ジャンル: トリップホップ、オルタナティヴ・ロック、エレクトロニカ、ポップ
概要
『Blowback』は、Trickyが2001年にリリースした5作目のスタジオ・アルバムであり、彼にとって最も“アクセスしやすく”、同時に最も“ポップ”な装いを見せた異色作である。
本作ではRed Hot Chili PeppersのAnthony KiedisとFlea、LiveのEd Kowalczyk、Alanis Morissette、Cyndi Lauperなど、ジャンルを横断する多彩なゲスト陣を大胆にフィーチャーしており、
これまでのTricky作品に通底していた“都市の霧”のような曖昧さから、よりダイナミックで外向的な音楽性へと転換している。
タイトルの“Blowback”は「逆流」や「副作用」といった意味を持ち、ポップへの接近がもたらす不協和や内なる軋轢を示唆しているようにも感じられる。
このアルバムは、Trickyという孤高の音楽家が、外部世界と向き合おうとした試みであると同時に、その試み自体の危うさや矛盾を内包した、極めて興味深い実験作である。
全曲レビュー
1. Excess
歪んだギターとタイトなビートが交錯する、攻撃的でアグレッシブなオープニング。
「過剰」というタイトル通り、Trickyのダークな欲動とパワーポップ的な構成が衝突する名曲。
2. Evolution Revolution Love
滑らかなグルーヴと、トライバルなビートが印象的な一曲。
タイトルの“進化・革命・愛”という並列は、社会的・個人的な変化の暗喩とも取れる。
3. Over Me
妖しさを帯びたヴォーカルとサイケデリックな空気が混ざり合う。
耽美的かつ内省的な構造が『Maxinquaye』期を思わせる瞬間も。
4. Girls
ポップでキャッチーなトラック。
タイトルや歌詞からはセクシャルな主題が見えるが、どこか突き放した視点で描かれている。
5. You Don’t Wanna
Anthony KiedisとFleaが参加。
ファンクロック的なエネルギーとTrickyの冷ややかな語りが混ざり合い、異種格闘技的なサウンドの緊張感を生む。
6. 5 Days
Ed Kowalczyk（Live）がヴォーカル参加した、哀愁漂うオルタナティヴ・バラード。
5日間の断片的な記憶を軸にしたリリックは、Tricky流の叙情詩として秀逸。
7. Give It to ‘Em
激しいビートと反復的なラップが支配するインダストリアル・ラップ・トラック。
怒りと欲望の暴発が、抑制を失ったように展開される。
8. A Song for Yukiko
唯一のインストゥルメンタル・トラック。
静寂とノイズの間をたゆたうような、美しくも不穏な音像。
“ユキコ”という名前に込められた個人的な記憶や想像が、余白として響く。
9. Your Name
Alanis Morissetteがヴォーカルを務めるドリーミーなポップ・ソング。
彼女の声がTrickyの荒涼とした世界に明るい火を灯す。
10. Diss Never (Dig Up We History)
社会的メッセージを感じさせるタイトルと、レゲエ／ダブ的な音作りが印象的な一曲。
「歴史を掘り起こせ」というフレーズに、過去への向き合いと未来への視線が込められている。
11. Bury the Evidence
アルバム終盤に登場するバラード。
“証拠を埋めろ”というタイトルが象徴するように、過去の罪や記憶を静かに葬る儀式的な音楽として響く。
12. Something in the Way（Nirvana カバー）
意外な選曲だが、Trickyの世界観にぴたりとハマる。
原曲の鬱屈したムードを保ちつつ、さらに内面的な解釈を加えた異色のカバー。
総評
『Blowback』は、Trickyが“外に向かって開いた”稀有なアルバムであり、ポップとの危うい接触点を描き出した作品である。
音楽的には親しみやすくなっているが、それは彼が“変わった”のではなく、“異質さを異なるフォーマットで提示した”結果であり、内面の闇や分裂性はむしろ明確化されている。
この作品では、ゲスト陣の歌声がTrickyの声の“欠落”を補完するかのように配置されており、
それは彼の中にある「語れなさ」「語りたくなさ」を外部の声に託したようにも見える。
また、2001年という時代――9.11直前の“世界が壊れる前夜”という文脈で見ると、
この作品の過剰さ、雑多さ、そして不安定な構成そのものが、一つの時代感覚の写し鏡であるとも言えるだろう。
『Blowback』は、決して完全ではない。
だがそれこそが、Trickyの“不器用なほど正直な表現”の証明であり、未完成な美学が光る作品である。
おすすめアルバム
- Massive Attack / 100th Window
ポップへの接近と実験性の両立という共通項を持つ。 - Gorillaz / Gorillaz
多彩なコラボとスタイルの混在、Tricky的な混沌のポップ化。 - Radiohead / Amnesiac
21世紀初頭の不安と実験を表現したサウンドの兄弟作。 - UNKLE / Never, Never, Land
トリップホップ以降の美学を継承したエレクトロ×ロックの結晶。 -
Bjork / Vespertine
繊細でミニマルなサウンドと内省的な詩世界の極北。
歌詞の深読みと文化的背景
『Blowback』の歌詞群には、個人的な告白、社会的観察、そして抽象的なイメージの断片が共存している。
「Excess」や「Bury the Evidence」では、自らの破壊衝動や過去への償いといったテーマが、音楽的構造と呼応しながら展開される。
一方、「Diss Never (Dig Up We History)」や「Evolution Revolution Love」といった曲では、ポスト・コロニアルな視点や、黒人としてのアイデンティティ、歴史の継承と回復といったメッセージも垣間見える。
このように『Blowback』は、表面的には最も“聴きやすい”Tricky作品でありながら、その内側には最も複雑で深い内面の葛藤と対話が埋め込まれている。
それこそが、この作品を単なる“ポップ転向”にとどめない、**極めてTrickyらしい“裏返しのアルバム”たらしめている所以なのである。
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