1. 歌詞の概要
「Black Sun(ブラック・サン)」は、Death Cab for Cutie(デス・キャブ・フォー・キューティー)が2015年にリリースした8作目のスタジオ・アルバム『Kintsugi』に収録された楽曲であり、アルバムの先行シングルとしても発表された作品である。
タイトルの「Black Sun(黒い太陽)」とは、日蝕、あるいは光を失った希望や愛の象徴であり、かつて明るく輝いていた関係が今は完全に崩壊してしまったことを暗示している。
この楽曲は、フロントマンであるベン・ギバードが当時経験していた個人的な離婚(女優ゾーイ・デシャネルとの別離)を背景にしており、歌詞全体が愛と失望の境界線上を彷徨うような、痛切な余韻を漂わせている。
語り手は、嘘や皮肉に満ちた世界の中で、「なぜ心を許した相手にもっとも傷つけられるのか」という問いを繰り返す。
その痛みは怒りに変わることもなく、むしろ静かな諦念として滲んでいく。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Black Sun」は、Death Cab for Cutieにとってひとつの転機を示す楽曲でもある。
本作『Kintsugi』は、ギタリストで長年バンドの中心人物でもあったクリス・ウォラが脱退する直前に制作されたアルバムであり、人間関係の断絶と、それでも続いていく歩みが大きなテーマとなっている。
タイトルの「Kintsugi(金継ぎ)」は、日本の伝統技法である“壊れた陶器を金で修復する”というもので、これは本作の根底にある**「壊れても、別のかたちで美しさを取り戻す」**という希望と再生のモチーフを象徴している。
その中で「Black Sun」は、最も内省的で、光を完全に失った状態──つまり「まだ修復すら始まっていない」時期の心象を描いた曲といえる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Black Sun」の印象的なフレーズを抜粋し、和訳とともに紹介する。
There is whiskey in the water
水の中にウイスキーが混じってるAnd there is death upon the vine
ブドウの蔓には、もう“死”が潜んでるThere is fear in the eyes of your father
君の父親の瞳には、恐れがあったAnd there is “Yours” and there is “Mine”
「君のもの」と「僕のもの」が分かれていくBut as it all becomes clear
でも、それがはっきりする頃にはI begin to disappear
僕はもう、姿を消し始めているAnd that’s when I found myself
そのとき僕は気づいたThat’s when I found myself
そのとき、ようやく自分自身を見つけたんだIn the black sun
黒い太陽の下で
出典:Genius – Death Cab for Cutie “Black Sun”
4. 歌詞の考察
この楽曲は、まるで朽ちていく愛の風景画を一筆ずつ描いていくように、関係が崩壊していく過程と、それを受け入れるまでの苦しみを映し出している。
たとえば「There is death upon the vine(蔓には死がある)」というラインは、一見して生命の象徴である植物の中に死の兆しを見るという、美と腐敗の共存を象徴している。
「君の父の瞳には恐れがあった」という描写もまた、愛する人の背景にまで影を落とすような深い喪失感を感じさせる。
サビで繰り返される「In the black sun」というフレーズは、最も光があるはずの“太陽”が、逆説的に完全な闇として描かれている点で、期待や信頼が裏切られた愛の不条理を象徴している。
「気づいたときには、自分の輪郭すら失われていた」という心情は、恋愛が自己認識すらも破壊しうることを静かに告げている。
また、この曲は“怒り”に昇華されることがない。
語り手は裏切られ、苦しみながらも、それを責めたり叫んだりすることなく、ただ“受け止める”という形で痛みを処理していく。
この抑制された表現こそが、より深い絶望と、再生への余白を感じさせる。
※歌詞引用元:Genius
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Transatlanticism by Death Cab for Cutie
遠距離恋愛をモチーフにした、距離と孤独、再会への希求を描いた大作。 - Hold No Guns by Death Cab for Cutie
ベン・ギバードのソロ的なアプローチが光る、非常に静謐で内省的な楽曲。 - The Night We Met by Lord Huron
過去の記憶と“やり直したい思い”を重ねる、切実な後悔のラブソング。 - No Name #1 by Elliott Smith
愛と自傷、自問の狭間を描く、ベッドルームから響く孤独のメロディ。 -
Poison & Wine by The Civil Wars
愛し合いながらも傷つけ合う恋人たちの、対話のような名曲。
6. 愛の崩壊と自己の再発見──“黒い太陽”の下で見つめる再生の予兆
「Black Sun」は、恋人との別れ、理想の崩壊、人生の再構築といった、**大人になることの“喪失の通過儀礼”**を見事に描いた楽曲である。
その痛みは激しくも劇的ではなく、静かに沈殿しながら、心を深くえぐっていく。
けれどその黒い太陽の下で、語り手は「自分自身を見つけた」とも歌う。
つまり、何も見えなくなった場所でこそ、人はようやく本当の自分と向き合えるのかもしれない。
愛が壊れ、信頼が崩れ、世界が反転したその先に、
Death Cab for Cutieは静かに語りかける──
**「壊れてもいい。それでも、美しさはまた生まれる」**と。
それこそが、『Kintsugi』というアルバムタイトルに込められたメッセージであり、
この「Black Sun」が描き出す、**崩壊のただなかに宿る“再生のまなざし”**なのだ。
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