
1. 歌詞の概要
「Been to the Mountain」はキャロル・キングが1993年にリリースしたアルバム『Colour of Your Dreams』に収録された楽曲である。1970年代のシンガーソングライター黄金期を代表する彼女が、1990年代に入って再び自身の音楽的立ち位置を示すために発表した作品のひとつであり、彼女の人生観や精神的成熟をストレートに表現している。タイトルの「山に登ってきた」という表現は、困難を乗り越え、人生の高みや試練を経験してきたことの象徴である。歌詞は「自分は山を登った、谷をくぐり抜けた」といった人生の歩みを振り返りながら、これまでの苦難を糧とした誇りや充実感を滲ませている。
2. 歌詞のバックグラウンド
キャロル・キングのキャリアは、1960年代のブリル・ビルディングでのソングライター活動から始まり、1971年の『Tapestry』で頂点を極めた。その後も様々なアルバムを発表したが、1980年代はセールス的に苦戦した時期でもあった。そうした背景を経て登場した『Colour of Your Dreams』は、彼女が再び自分の声を取り戻そうとする試みであり、音楽的にもロック、フォーク、ソウルを織り交ぜた成熟したサウンドを展開している。
「Been to the Mountain」はその冒頭を飾る曲であり、アルバム全体のトーンを決定づける役割を持っている。歌詞の中でキャロルは、自分が人生の試練をくぐり抜けたことを率直に語りながらも、それを「誇らしい」と胸を張って伝える。これは、かつて「Home Again」や「So Far Away」で弱さや孤独を吐露していた彼女が、より逞しく、人生の重みを肯定するようになった姿を示しているのだ。
音楽的にはピアノを軸にした骨太のアレンジで、同アルバムに参加したデヴィッド・クロスビーやグラハム・ナッシュといった同世代のアーティストの影響も感じられる。特に90年代に入ってからのキャロル・キングは、環境問題や社会活動にも積極的に関わっており、その思想的な深まりもこの楽曲に反映されていると考えられる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に歌詞の一部を抜粋する(参照:Genius Lyrics)。
I’ve been to the mountain, and I’ve been in the wind
私は山に登り、風に吹かれてきた
I’ve been in and out of happiness
幸せの中にいたこともあれば、そこから外れたこともあった
I have been around
私は長い道のりを歩んできた
I’ve been to the mountain, and I’ve been in the rain
私は山に登り、雨の中にもいた
I’ve been in and out of love again
愛に生き、そして愛を失ったこともあった
I have been around
私は数々の経験をしてきた
4. 歌詞の考察
この楽曲は、キャロル・キングの人生そのものを映し出したような内容になっている。「山に登った」「雨に打たれた」「愛を得て失った」というフレーズは、単なる個人的体験ではなく、人生そのもののメタファーとして響いてくる。
特に「I have been around(私はここまで歩んできた)」という一節には、彼女が音楽業界の移り変わりや人生の浮き沈みを経験しながらも、今なお歌い続ける強靭さが感じられる。この言葉には、成功の頂点に立った経験もあれば、商業的に注目されなくなった時期も含まれており、それをすべて肯定的に受け止めるキャロルの姿勢が表れている。
また、この曲の特徴は「過去の苦難を振り返る」ことに留まらず、それを「誇り」として歌い上げている点にある。彼女は若い頃のように愛や孤独に揺れるのではなく、より俯瞰的な視点から人生を見渡し、経験の全てを価値あるものとして受け入れているのだ。これは長いキャリアを積んだアーティストにしか到達できない境地であり、聴く者に深い説得力を与える。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Colour of Your Dreams by Carole King
同アルバムのタイトルトラックで、夢と希望を信じるキャロルの成熟した世界観が感じられる。 - Way Over Yonder by Carole King
『Tapestry』収録曲で、困難の先にある希望を信じるバラード。 - Both Sides Now by Joni Mitchell
人生の浮き沈みを俯瞰する視点を描いたジョニ・ミッチェルの代表曲。 - Landslide by Fleetwood Mac
経験と成長をテーマにしたスティーヴィー・ニックスの名曲。 - Give Me One Reason by Tracy Chapman
成熟した視点から愛と人生を語るチャップマンのブルース色強い楽曲。
6. 人生讃歌としての位置づけ
「Been to the Mountain」は、キャロル・キングのキャリア後期を代表する「人生讃歌」ともいえる作品である。1970年代に彼女が描いた内省的な孤独や愛の揺らぎから大きく進み、1990年代には人生そのものを肯定する力強さを手に入れた。これは単なるノスタルジーではなく、現在に立つ自分の存在を誇らしく語る姿であり、聴き手に「生きること自体が価値ある経験なのだ」というメッセージを残している。
静かなバラードが多い『Tapestry』のキャロル・キングに親しんだ人にとって、この「Been to the Mountain」の骨太な生命力は驚きと同時に感動を呼ぶ。まさに「経験が生んだ歌声」がここに結晶しているといえるだろう。
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