1. 歌詞の概要
「Alphabet St.」は、1988年にリリースされたアルバム『Lovesexy』のリードシングルとして発表された楽曲である。全米チャートでは最高8位を記録し、プリンス後期80年代の代表的なシングルのひとつとして知られている。
タイトルの「Alphabet St.（アルファベット・ストリート）」は、具体的な地名というよりも「遊び心とセクシュアリティにあふれた場所」を象徴している。歌詞は一見軽やかで、女性を車に乗せて街へ繰り出すようなポップなラブソングに思えるが、その中には性的欲望、遊び心、そしてスピリチュアルな要素が複雑に絡み合っている。プリンスらしい二面性──「セクシュアリティと宗教的救済の共存」──がここでも鮮やかに表れているのだ。
全体としては陽気で楽しげなトーンでありながら、終盤では「God is coming」（神がやってくる）というフレーズが挿入されるなど、刹那的な欲望と神への帰依という相反するテーマが同居している。この矛盾こそがプリンスの世界観の核心であり、「Alphabet St.」はそれを端的に示す一曲なのである。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Alphabet St.」が収録された『Lovesexy』は、プリンスにとって特別な意味を持つアルバムである。前年1987年には、プリンスは自身の内面を投影した暗黒的な作品『The Black Album』を完成させていたが、そのリリース直前に自ら中止を決断。代わりに制作されたのが、光や救済をテーマにした『Lovesexy』である。
「Alphabet St.」はその転換を象徴する楽曲であり、エロティックで享楽的な描写と、スピリチュアルな要素が混在している。プリンスは「性愛」と「信仰」を矛盾するものとしてではなく、むしろ表裏一体のものとして捉えていた。セクシュアルな喜びもまた神聖な愛の一形態であるという彼の思想が、この楽曲に投影されているのである。
音楽的には、軽快なファンク・グルーヴをベースにしながら、アコースティック・ギターのカッティングが爽やかさを添え、シンセやドラムマシンが跳ねるようなリズムを刻む。後半にはシーラ・Eによるラップが挿入され、ヒップホップ的要素も盛り込まれている点が特徴的だ。当時のプリンスは、ヒップホップの隆盛を意識しつつも、自身のファンクの枠組みに取り込み、独自のスタイルへと昇華させていた。
「Alphabet St.」のプロモーションビデオは、カラフルでサイケデリックなアニメーションと実写を組み合わせたもので、楽曲のポップで遊び心ある側面を強調している。こうした映像表現も含めて、プリンスの多面的な芸術性を体現した作品である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に「Alphabet St.」の一部抜粋を示す。
引用元：Prince – Alphabet St. Lyrics | Genius Lyrics
I’m going down to Alphabet Street
僕はアルファベット・ストリートに向かう
I’m gonna crown the first girl that I meet
出会った最初の女の子に冠を授けるんだ
I’m gonna talk so sexy, she’ll want me from my head to my feet
僕はセクシーに話して、彼女を頭からつま先まで夢中にさせる
We’re going down, down, down
僕らは堕ちていく、どんどん深く
If that’s the only way
もしそれが唯一の道なら
Yeah, yeah, yeah, yeah
そうさ、そうなんだ
God is coming
神がやってくる
歌詞の前半では性的な欲望が描かれているが、終盤では一転して神の存在が現れる。この落差こそが「Alphabet St.」の核心であり、肉体的快楽と精神的救済が同じ地平に並ぶプリンス独特の世界観が露わになっている。
4. 歌詞の考察
「Alphabet St.」は、プリンスの二重性──「性愛と宗教」「快楽と救済」──を端的に表した楽曲である。彼は単にセクシュアルな快楽を歌うのではなく、それを神聖さと結びつけることで、人生における「快楽と信仰の両立」というテーマを提示する。
「アルファベット・ストリート」という舞台は、現実の場所ではなく象徴的な空間である。そこは肉体的欲望と霊的な気づきが交錯する場所であり、人間が生きる上で避けられない二面性を体験する場でもある。主人公は女性との出会いを求め、セクシーな言葉で誘惑するが、最後には「God is coming」と宣言する。この転換は、プリンスの思想を強く反映している。
また、この曲に挿入されたシーラ・Eのラップは、プリンスの音楽が時代の変化に敏感であったことを示す。1980年代後半、ヒップホップは急速に勢いを増しており、プリンスはそれを拒絶するのではなく、自らのファンクに取り込んだ。だが彼のアプローチは単なる模倣ではなく、あくまで自身の音楽的世界の中で独自の表現に昇華されている。
音楽的には、アコースティック・ギターの軽快なリフが印象的で、ファンクの粘り気よりもむしろポップで爽快な雰囲気が漂う。これは『Lovesexy』全体の「光」と「祝祭」を象徴する音像であり、『The Black Album』の暗さとの対比が際立っている。
つまり「Alphabet St.」は、プリンスのキャリアの中で「闇から光へ」という転換点を象徴する曲であり、その二重性が彼の芸術の本質であることを示している。
コピーライト：Lyrics © Universal Music Publishing Group
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Glam Slam by Prince
同じ『Lovesexy』収録。性愛と宗教的テーマを融合した祝祭的ナンバー。 - U Got the Look by Prince (feat. Sheena Easton)
アルバム『Sign o’ the Times』収録。セクシュアルでありながらポップに仕上げた代表曲。 - Kiss by Prince and the Revolution
ミニマルで軽快なファンク。プリンスの遊び心とセクシュアリティが凝縮されている。 - Erotic City by Prince
シングル「Let’s Go Crazy」のB面曲。性愛を前面に押し出した実験的ファンク。 - Like a Prayer by Madonna
宗教とセクシュアリティの融合という点でプリンス的精神と共鳴するポップソング。
6. 闇から光へ──「Alphabet St.」の意義
「Alphabet St.」は、プリンスが自ら封印した『The Black Album』の暗黒世界から、『Lovesexy』という光と救済の世界へと転じたことを象徴する楽曲である。性愛の喜びを歌いながら、同時に神の存在を示すという二重性は、彼が生涯追い続けたテーマそのものだった。
この曲の軽快さ、遊び心、そしてスピリチュアルな余韻は、80年代後半のプリンスの精神状態を如実に映している。すなわち「闇を見たからこそ光を求める」という矛盾のなかに彼の芸術は存在し、そのバランス感覚が「Alphabet St.」というポップ・ソングに結晶しているのである。
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