1. 歌詞の概要
「About-Face」は、アメリカ・サウスカロライナ出身のオルタナティブ・ロックバンド、The Working Titleが2003年に発表したEP『Everyone Here Is Wrong』に収録されている楽曲で、静と動、希望と絶望の狭間を行き来するような、緊張感と情熱に満ちた1曲である。タイトルの「About-Face（アバウトフェイス）」とは、軍隊で用いられる命令で「回れ右」を意味し、比喩的には“急な方向転換”や“態度の変化”を表す。まさにこの曲は、自分の歩んできた道、あるいは信じてきた何かに対して「それでよかったのか？」と問い直す、内面的な“方向転換”をテーマにした作品である。
語り手は、自分を見失いそうになりながらも、ある決定的な瞬間に立ち止まり、反転を余儀なくされる。迷い、後悔、怒り、祈り、そうした複雑な感情が、エモーショナルな旋律と激しくも繊細なボーカルによって浮き彫りになっていく。これはまさに「心の転進」、感情のクライマックスが1つの転機として歌われたロックバラードなのである。
2. 歌詞のバックグラウンド
「About-Face」は、The Working Titleの中でも特にファンに深く愛されている楽曲のひとつで、バンドが持つ詩的で叙情的な作詞と、構築美のあるサウンドアレンジが結実した作品でもある。ジョエル・ハミルトン（Vo）のリリックには、信仰や罪、自己欺瞞といったテーマが繰り返し現れるが、本作でもそれらのモチーフが色濃く反映されている。
EP『Everyone Here Is Wrong』は、自主リリースながらもその完成度の高さが話題を呼び、The Working Titleが大手レーベルUniversal Recordsと契約を果たすきっかけとなった。とりわけ「About-Face」は、バンドの表現の幅の広さと、叙情的ロックとしての力強さを見せつけた一曲であり、後のフルアルバム『About-Face』（2006）でリメイクされることとなる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に印象的な一節を紹介し、英語と和訳を併記する（引用元：Genius Lyrics）：
And I’m sorry for all the things I said
I never meant to break you down this way
「ごめん、言ってしまったすべての言葉に
君をこんなふうに傷つけたかったわけじゃなかったんだ」
This is my about-face,
My one mistake that saved my soul
「これは僕の“回れ右”
たったひとつの過ちが、僕の魂を救った」
ここにあるのは、赦しを乞う懺悔であり、過ちを悔やむ正直な吐露である。同時に、それが転機となったという逆説的な救いも示されている。人は失敗や破綻を通してしか、本当の自己に辿り着けない——そうした気づきをこのフレーズは体現している。
4. 歌詞の考察
「About-Face」は、“方向転換”という行為の重さと意味を、感情的かつスピリチュアルに描き出している。自分の発した言葉で誰かを傷つけ、それに気づいたとき、自分がどれほど傲慢だったか、どれだけ見失っていたかを痛感する。だが、その後悔は単なる自己憐憫ではない。語り手は過ちの中に、自分が生き直すきっかけを見つけている。
特に“this is my about-face”というラインは、内的な覚醒を象徴している。「逃げたい」「忘れたい」ではなく、「向き直る」「認める」という選択。その姿勢にこそ、The Working Titleが持つ“人間の弱さと強さの同居”というテーマが色濃く現れている。
また、“my one mistake that saved my soul”という逆説的な言葉が非常に印象的だ。過ちは誰かを傷つけるかもしれないが、時にそれが自分の魂を揺さぶり、目を覚まさせる。つまりこの曲は、“壊れて初めて、修復が始まる”という真理を、静かな熱で歌っている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Everything You Want by Vertical Horizon
他者とのすれ違いを、誠実に内省的に描いたロックバラード。 - Some Will Seek Forgiveness, Others Escape by Underoath
信仰と赦し、自己との対話を重層的に描いたエモーショナルな傑作。 - Dare You to Move by Switchfoot
再起と自己超越をテーマに、内に向かうエネルギーを静かに爆発させた名曲。 - The Artist in the Ambulance by Thrice
救済と自己犠牲というテーマを、ハードなサウンドに込めた哲学的ロック。 - So Long, So Long by Dashboard Confessional feat. Adam Duritz
過去への別れと希望の予感を、センチメンタルな言葉と旋律で描く。
6. 過ちの中から生まれる“再出発”の物語
「About-Face」は、自己の誤りと向き合うことの痛みと、それでもそこから逃げずに歩き直す強さを描いた、極めて誠実な楽曲である。語り手は、自分の過ちを美化することも、否定することもせず、むしろ“それがあったからこそ自分は立ち直れた”と語る。これは、“弱さを通して強さを得る”という、真に人間的な視点を持った歌だ。
The Working Titleは、このような“心の転機”を見事に音楽に落とし込むことのできる数少ないバンドであり、「About-Face」はその代表例と言えるだろう。派手なサウンドでもなく、声高な主張でもなく、静かな反省と、そこから生まれる祈りのような決意。それがこの曲の核心なのだ。
「About-Face」は、人生における“回れ右”を、誰よりも繊細に、誠実に、そして優しく描いた楽曲である。立ち止まり、傷つき、振り返り、そしてもう一度歩き出す——そのプロセスを音楽として体現したこの曲は、多くの人にとって“自分の過去と向き合うための光”になるだろう。過ちの中にしかない救い、それを信じる勇気を、この歌は私たちにそっと手渡してくれる。
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