
発売日:1945年(原型アルバム)、1955年にLP再編版として広く流通
ジャンル:トラディショナル・ポップ、クリスマス・ミュージック、ヴォーカル・ポップ、スタンダード、イージーリスニング
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. Silent Night
- 2. Adeste Fideles
- 3. White Christmas
- 4. God Rest Ye Merry Gentlemen
- 5. Faith of Our Fathers
- 6. I’ll Be Home for Christmas
- 7. Jingle Bells
- 8. Santa Claus Is Coming to Town
- 9. Silver Bells
- 10. Mele Kalikimaka
- 11. It’s Beginning to Look a Lot Like Christmas
- 12. Christmas in Killarney
- 総評
- おすすめアルバム
- 1. Nat King Cole – The Magic of Christmas(1960)
- 2. Frank Sinatra – A Jolly Christmas from Frank Sinatra(1957)
- 3. Perry Como – Perry Como Sings Merry Christmas Music(1946)
- 4. Elvis Presley – Elvis’ Christmas Album(1957)
- 5. Carpenters – Christmas Portrait(1978)
- 関連レビュー
概要
Bing Crosbyの『Merry Christmas』は、20世紀のクリスマス音楽を語るうえで欠かせない歴史的作品である。現在では「クリスマス・アルバム」という形式はポップ、ジャズ、ソウル、ロック、カントリー、R&Bなど幅広いジャンルで定番化しているが、その大衆的な原型の一つを作ったのが本作であり、とりわけ「White Christmas」の存在は圧倒的である。Bing Crosbyの柔らかく温かなバリトン・ヴォイスは、家庭、郷愁、平和、祈り、冬の情景を結びつけ、アメリカのみならず世界中のクリスマス音楽のイメージを長く形作った。
本作は、現在の感覚でいう完全な新録スタジオ・アルバムというより、複数の時期に録音されたクリスマス関連曲をまとめた作品である。1940年代のレコード産業では、アルバムという形式は現在のLPやCDのような一枚の長時間作品ではなく、複数のSP盤を束ねた形で成立していた。そのため『Merry Christmas』は、現代的な意味でのコンセプト・アルバムとは異なるが、クリスマスという明確な季節テーマのもとで楽曲が統一されている点で、後のホリデー・アルバムの重要な先駆けとなった。
Bing Crosbyは、20世紀前半のアメリカを代表する歌手であり、映画スターでもあった。彼の歌唱は、マイクロフォン時代の到来と深く結びついている。オペラ的に大きく声を張るのではなく、マイクを通して親密に語りかけるように歌う「クルーナー」的なスタイルを確立した人物の一人である。その歌唱法は、Frank Sinatra、Perry Como、Dean Martin、Nat King Coleなど、後続の男性ヴォーカリストに大きな影響を与えた。『Merry Christmas』では、その親密な歌唱がクリスマスという家庭的で感情的な題材と理想的に結びついている。
本作の中心にあるのは、クリスマスを宗教的な祝祭としてだけでなく、家族、記憶、故郷、平和、子供時代、冬の風景と結びついた大衆文化として提示する力である。「Silent Night」や「Adeste Fideles」のような宗教的な聖歌、「White Christmas」や「I’ll Be Home for Christmas」のような郷愁のポップソング、「Jingle Bells」や「Santa Claus Is Coming to Town」のような明るい季節歌が同じ作品の中に共存している。この組み合わせが、後のクリスマス・アルバムの基本形を作った。
特に重要なのは、第二次世界大戦期の文脈である。「White Christmas」や「I’ll Be Home for Christmas」は、単なる雪景色の歌ではなく、戦時下に家を離れていた兵士や家族にとって、帰郷できない現実と深く結びついていた。白いクリスマスへの憧れ、家に帰りたいという願いは、単なる季節のロマンではなく、平和な日常への切実な希求でもあった。Crosbyの穏やかな歌唱は、その感情を過剰にドラマ化せず、むしろ静かに受け止めることで、より深い共感を生んだ。
音楽的には、本作はトラディショナル・ポップの典型的な美点を持つ。オーケストラやコーラスは過度に派手ではなく、Crosbyの声を中心に据える。リズムは穏やかで、メロディは明快、アレンジは家庭的な温かさを重視している。ジャズ的な洗練やスウィング感も一部にあるが、基本的には広い年齢層に届くポップ・ヴォーカルとして作られている。クリスマス音楽に求められる安心感、懐かしさ、品位が、非常に自然な形で表現されている。
日本のリスナーにとって本作は、アメリカ的クリスマス・イメージの原型を知るうえで非常に重要である。雪、暖炉、家族、教会、キャロル、サンタクロース、子供たち、帰郷への願い。現在の日本でもクリスマス音楽としてなじみ深いイメージの多くは、こうしたアメリカの20世紀中盤の大衆音楽と映画文化を通じて広まった。『Merry Christmas』は、その源流に近い作品であり、単なる季節のBGMではなく、クリスマスを大衆的な感情の共同体へ変えたアルバムとして聴くことができる。
全曲レビュー
1. Silent Night
「Silent Night」は、世界で最も有名なクリスマス・キャロルの一つであり、本作に宗教的で静謐な入口を与える楽曲である。原曲はオーストリアで生まれた聖歌であり、キリスト降誕の夜の静けさ、聖性、平和を歌っている。Crosbyのヴァージョンでは、その宗教的な荘厳さが、非常に親密なポップ・ヴォーカルとして表現されている。
音楽的には、テンポはゆっくりで、アレンジは控えめである。声が前面に置かれ、伴奏やコーラスは祈りの空間を支える。Crosbyは声を大きく張るのではなく、柔らかく、低く、穏やかに歌う。これにより、聴き手は教会の大聖堂というより、家庭の静かな夜に置かれるような感覚を持つ。
歌詞では、静かな夜、聖なる夜、母と子、天の平和が描かれる。Crosbyの歌唱は、信仰の厳粛さを保ちながらも、聴き手を遠ざけない。宗教的な歌が、日常の中に自然に入ってくる。この親しみやすさが、彼のクリスマス音楽における大きな強みである。
「Silent Night」は、本作においてクリスマスの精神的な核を担う楽曲である。華やかな祝祭の前に、まず静かな祈りが置かれる。その構成が、アルバム全体に品位を与えている。
2. Adeste Fideles
「Adeste Fideles」は、「O Come, All Ye Faithful」としても知られる伝統的なクリスマス讃歌であり、本作の中でも特に荘厳な性格を持つ楽曲である。ラテン語のタイトルは「信仰ある者よ、来たれ」という意味を持ち、キリスト降誕を祝うために信徒たちを呼び集める歌である。
音楽的には、堂々とした旋律と、宗教的な高揚感が中心にある。Crosbyの歌唱は、ここでも誇張されず、落ち着いた力を持っている。聖歌の荘厳さを損なわず、それを大衆的に聴きやすい形へ整えている点が重要である。
この曲では、クリスマスが単なる家庭行事ではなく、信仰共同体の祝祭であることが示される。聴き手は、個人の部屋から教会的な空間へ導かれる。『Merry Christmas』が宗教歌と世俗的ポップソングを共存させるアルバムであることを考えると、この曲の存在は非常に重要である。
Crosbyの声は、聖なるものを遠いものとしてではなく、身近なものとして届ける。これは彼のクルーナー的な歌唱法の強みでもある。マイクを通じた親密さが、讃歌を家庭の中へ運び込む。
「Adeste Fideles」は、本作の中でクリスマスの宗教的伝統を代表する楽曲である。祝祭の根にある信仰と共同体の感覚を、穏やかに伝えている。
3. White Christmas
「White Christmas」は、Bing Crosbyの代表曲であり、20世紀のクリスマス音楽を象徴する不朽の名曲である。Irving Berlinが書いたこの曲は、白い雪に包まれたクリスマスを夢見る内容だが、その本質は単なる冬景色ではない。失われた過去、故郷への郷愁、子供時代の記憶、そして帰ることのできない場所への憧れが込められている。
音楽的には、非常にシンプルで美しいメロディを持つ。テンポは穏やかで、Crosbyの声は滑らかに旋律をなぞる。彼は感情を過剰に込めず、淡々と夢を見るように歌う。その抑制が、この曲の深い哀愁を生んでいる。
歌詞では、語り手が「昔知っていたような白いクリスマス」を夢見る。ここで重要なのは、現在ではなく過去が基準になっていることだ。白いクリスマスは実際の気象現象ではなく、記憶の中の理想化された時間である。だからこそ、この曲は雪の降らない地域の人々にも深く響く。誰にでも、戻りたい季節や場所があるからである。
第二次世界大戦期、この曲は家を離れた兵士やその家族に特別な意味を持った。クリスマスに家に帰れない人々にとって、「White Christmas」は平和な日常への祈りでもあった。Crosbyの静かな歌唱は、その切実さを直接語らずに伝える。
「White Christmas」は、本作の中心であり、クリスマス・ポップの金字塔である。明るい祝祭ではなく、記憶の中の幸福を静かに夢見る歌として、時代を超えて聴き継がれている。
4. God Rest Ye Merry Gentlemen
「God Rest Ye Merry Gentlemen」は、英国由来の古いクリスマス・キャロルであり、独特のマイナー調の旋律によって、他の明るいクリスマス曲とは異なる古風で厳粛な雰囲気を持つ。本作では、クリスマス音楽の歴史的な深さを示す役割を担っている。
音楽的には、旋律に中世的な陰影があり、宗教的な緊張感を感じさせる。Crosbyの歌唱は、曲の古風な性格を尊重しながらも、非常に聴きやすい。重々しさと親しみやすさのバランスが取れている。
歌詞は、キリストの誕生が人々に慰めと喜びをもたらすことを歌う。タイトルの「God rest ye merry」は、現代英語の感覚ではやや分かりにくいが、神が人々を安らかにし、喜ばせるという祝福の意味を持つ。クリスマスの喜びは、ここでは単なる娯楽ではなく、救済の物語と結びついている。
本作の中でこの曲が重要なのは、クリスマスの明るい商業的イメージだけでなく、古い宗教的伝統も保っている点である。Crosbyのアルバムは、サンタクロースや雪景色だけでなく、信仰の歴史を大衆音楽の中へ組み込んでいる。
「God Rest Ye Merry Gentlemen」は、アルバムに荘厳で古典的な色彩を加える楽曲である。クリスマスが持つ長い文化的記憶を感じさせる一曲である。
5. Faith of Our Fathers
「Faith of Our Fathers」は、厳密にはクリスマス・キャロルというより、信仰の継承を歌う賛歌である。本作に収められることで、クリスマスを家族や先祖、信仰の伝統と結びつける役割を果たしている。タイトルは「われらの父祖の信仰」という意味であり、世代を越えて受け継がれる信仰を称える。
音楽的には、堂々とした賛歌調で、Crosbyの落ち着いた声が曲の品位を支えている。メロディは明快で、聴き手に安心感を与える。過度な装飾ではなく、言葉と旋律の力を中心にした歌唱である。
歌詞では、先人たちが守ってきた信仰への敬意が歌われる。クリスマスという行事は、毎年繰り返される季節行事であると同時に、世代をつなぐ文化的記憶でもある。この曲は、その継承の側面を強調している。
Crosbyの歌唱は、個人的な信仰告白というより、共同体の記憶を代表する声として響く。家庭で聴かれるクリスマス・アルバムの中にこの曲が置かれることで、クリスマスは家族の歴史や祖先の記憶とも結びつく。
「Faith of Our Fathers」は、本作に宗教的・世代的な厚みを与える楽曲である。クリスマスが単なる一年のイベントではなく、文化と信仰の継承であることを示している。
6. I’ll Be Home for Christmas
「I’ll Be Home for Christmas」は、「White Christmas」と並んで、本作の最も感動的な楽曲の一つである。タイトルは「クリスマスには家に帰る」という意味だが、最後の「if only in my dreams」という言葉によって、その帰郷が現実ではなく夢の中でしか叶わない可能性が示される。この一節が曲全体に深い悲しみを与えている。
音楽的には、穏やかで、非常に抑制されたバラードである。Crosbyは感傷を大きく煽らず、静かに語るように歌う。だからこそ、歌詞の切実さが強く伝わる。大きな涙ではなく、遠く離れた場所で静かに家を思う感情がある。
歌詞では、クリスマスに家へ帰り、雪やヤドリギ、贈り物のある風景を思い描く。しかし、その帰郷は夢の中だけかもしれない。第二次世界大戦期、この曲は兵士たちの心情と深く結びついた。家族のもとへ帰りたいが、帰れない。そうした現実が、わずかな言葉の中に込められている。
この曲の普遍性は、戦時下に限られない。仕事、距離、事情、喪失によって、クリスマスに帰りたい場所へ帰れない人は多い。Crosbyの歌唱は、その孤独を静かに包み込む。
「I’ll Be Home for Christmas」は、本作における郷愁と不在の核心である。クリスマスの温かさは、帰れない人の孤独を照らすことで、さらに深く響く。
7. Jingle Bells
「Jingle Bells」は、クリスマス・シーズンを象徴する明るい楽曲であり、本作に軽快な楽しさをもたらす。宗教的な聖歌や郷愁のバラードが並ぶ中で、この曲は冬の娯楽、そり遊び、鈴の音、子供たちの笑い声を思わせる世俗的なクリスマスの側面を担っている。
音楽的には、軽やかなテンポと親しみやすいメロディが中心である。Crosbyのヴァージョンでは、彼の穏やかな声に加え、明るいコーラスや伴奏が祝祭感を高めている。曲は非常に有名であり、聴き手の記憶にすぐ結びつく。
歌詞そのものは、キリスト降誕ではなく、冬のそり遊びを題材にしている。これは、クリスマス音楽が宗教的な領域から、季節の娯楽や家庭の楽しみへ広がっていったことを示す重要な例である。本作の中でも、「Jingle Bells」はクリスマスの陽気な表情を代表している。
Crosbyはこの曲を過度に騒がしくせず、品よく楽しませる。彼の歌唱によって、子供向けの楽しい曲でありながら、大人も安心して聴けるスタンダードになっている。
「Jingle Bells」は、本作の中で祝祭の明るさを担う楽曲である。祈りと郷愁だけでなく、笑顔と鈴の音もまたクリスマスには欠かせないことを示している。
8. Santa Claus Is Coming to Town
「Santa Claus Is Coming to Town」は、サンタクロースの到来を歌う明るいクリスマス・ソングであり、子供たちの期待と少しの緊張を描いた楽曲である。サンタが町へやってくるという設定は、クリスマスを子供たちの想像力と結びつける代表的なテーマである。
音楽的には、軽快で、スウィング感のあるアレンジが魅力である。Crosbyの歌唱は余裕があり、子供に語りかけるような親しみやすさを持つ。曲の明るさは、アルバム全体に家庭的な温度を加えている。
歌詞では、サンタが子供たちの行いを見ており、良い子にしていれば贈り物が届くという内容が歌われる。これは子供向けの楽しい歌であると同時に、道徳的な物語でもある。クリスマスは喜びの季節であるが、同時に子供たちに善行や期待を教える季節でもある。
Crosbyの声は、この曲を押しつけがましくしない。彼はサンタの到来を楽しげに告げる案内人のように歌う。聴き手は、子供時代のクリスマス前夜の高揚を自然に思い出す。
「Santa Claus Is Coming to Town」は、本作における子供向けクリスマスの代表曲である。宗教、郷愁、家庭、娯楽というクリスマスの多様な要素のうち、子供たちの期待を明るく担っている。
9. Silver Bells
「Silver Bells」は、都会のクリスマス風景を描いたスタンダードであり、街角の鈴の音、買い物客、装飾された通り、季節の賑わいを美しく表現する楽曲である。家庭や教会のクリスマスとは異なり、この曲では都市の中のクリスマスが描かれる。
音楽的には、穏やかで優雅なメロディが特徴である。Crosbyの声は、街の灯りを眺めるように柔らかく響く。アレンジは上品で、クリスマスの喧騒を騒がしく描くのではなく、少し距離を置いて美しく眺めるような印象を与える。
歌詞では、街の歩道、賑わう人々、鈴の音、クリスマスが近づく空気が描かれる。ここでのクリスマスは、家の中だけに閉じたものではなく、都市全体を包む季節のムードである。商業的なクリスマスの側面も含みながら、それが美しい情景として表現されている。
Crosbyの歌唱は、都会のクリスマスを温かく、少しノスタルジックに描く。大都市の忙しさの中にも、季節の優しさがある。その感覚が曲の魅力である。
「Silver Bells」は、本作に都市的なクリスマスの風景を加える楽曲である。家庭、教会、雪景色に加えて、街の明かりと鈴の音もまたクリスマスの重要なイメージであることを示している。
10. Mele Kalikimaka
「Mele Kalikimaka」は、ハワイ語風に表現された「Merry Christmas」をタイトルに持つ楽曲であり、本作の中でも特に明るく、南国的な異色曲である。雪や暖炉のクリスマスとは対照的に、ハワイの暖かい気候の中で祝われるクリスマスを描いている。
音楽的には、ハワイアン風のリズムや楽器の響きが取り入れられ、軽やかで陽気な雰囲気がある。Crosbyの歌唱もリラックスしており、アルバムに楽しい変化を与える。クリスマス音楽が必ずしも雪景色だけに限定されないことを示す曲である。
歌詞では、ハワイでのクリスマス挨拶として「Mele Kalikimaka」が紹介される。南国の太陽、温かい空気、異国的な響きが、一般的な北半球の冬のクリスマス像を広げている。これは、アメリカの多様な地域文化がクリスマス音楽に取り込まれていく例でもある。
本作の中でこの曲が果たす役割は大きい。雪の郷愁だけでなく、明るい観光的な楽しさ、ハワイへの憧れ、リゾート的なクリスマスも提示される。Crosbyの親しみやすい声によって、異国情緒は自然な祝祭感へ変わる。
「Mele Kalikimaka」は、本作の中で南国的な楽しさを担う楽曲である。クリスマスのイメージを広げ、アルバムに軽やかな陽光を差し込ませている。
11. It’s Beginning to Look a Lot Like Christmas
「It’s Beginning to Look a Lot Like Christmas」は、クリスマスが近づいてくる街や家庭の様子を描く楽曲であり、季節の到来感を非常に巧みに表現している。タイトルは「だんだんクリスマスらしくなってきた」という意味で、クリスマス当日そのものではなく、準備や期待の時間を歌っている。
音楽的には、明るく優雅で、メロディには軽い弾みがある。Crosbyの声は、街を歩きながら少しずつクリスマスの気配を見つける案内人のように響く。曲全体に、子供の期待と大人の懐かしさが同時にある。
歌詞では、店の飾り、子供たちの願い、玩具、街の変化が描かれる。クリスマスの魅力は、当日だけでなく、近づいてくる時間にもある。日常の風景が少しずつ祝祭へ変わっていく過程が、この曲の中心である。
Crosbyの歌唱は、こうした情景描写に非常に適している。彼は大きな感情を押し出さず、日常の中に生まれる季節の喜びを自然に伝える。だからこそ、曲は世代を越えて愛される。
「It’s Beginning to Look a Lot Like Christmas」は、本作にクリスマス前の高揚感を与える楽曲である。季節が少しずつ変わる喜びを、柔らかく描いている。
12. Christmas in Killarney
「Christmas in Killarney」は、アイルランドのKillarneyを舞台にしたクリスマス・ソングであり、本作に民族的・地域的な色彩を加える楽曲である。アイルランド系文化の家庭的な祝祭感、踊り、音楽、陽気な集まりが感じられる。
音楽的には、軽快で民謡的な雰囲気を持つ。リズムは弾み、メロディも親しみやすく、Crosbyの声は楽しげに響く。アメリカのクリスマス音楽が、さまざまな移民文化や地域文化を取り込みながら形成されてきたことを感じさせる。
歌詞では、Killarneyでのクリスマスが明るく描かれる。家庭、歌、踊り、親しい人々との集まりが中心にある。宗教的な荘厳さよりも、共同体の楽しさが前面に出ている。クリスマスが地域ごとに異なる表情を持つことを示す曲である。
Crosbyはアイルランド系の背景を持つ歌手でもあり、この種の楽曲には自然な親和性がある。彼の歌唱によって、アイルランド的な陽気さとアメリカ的なポップ感覚が結びつく。
「Christmas in Killarney」は、本作に地域的な温かさを加える楽曲である。クリスマスが一つの固定されたイメージではなく、さまざまな文化の中で祝われることを感じさせる。
総評
『Merry Christmas』は、Bing Crosbyの代表的なクリスマス・アルバムであると同時に、ポピュラー音楽におけるクリスマス・アルバムの基本形を作った歴史的作品である。本作は、宗教的な聖歌、郷愁のバラード、子供向けの楽しい季節歌、都市のクリスマス、南国やアイルランドの地域的なクリスマスを一つの作品の中にまとめている。その構成は、現在のホリデー・アルバムの原型といってよい。
最大の中心は、やはり「White Christmas」である。この曲は、雪景色を歌いながら、本質的には記憶と郷愁の歌である。かつて知っていた幸福なクリスマスを夢見るという内容は、戦時下の人々にも、現代の聴き手にも通じる。Crosbyの抑制された歌唱は、感傷を過度に煽らず、それゆえに深く響く。彼は悲しみを叫ばない。静かに夢見る。その静けさが、曲を永遠のスタンダードにしている。
「I’ll Be Home for Christmas」も、本作のもう一つの核心である。家へ帰りたいが、帰れるのは夢の中だけかもしれない。この歌は、クリスマスの温かさが不在や距離の痛みと隣り合わせであることを示している。クリスマス音楽が人々の心を強く動かすのは、単に楽しいからではない。そこに、帰りたい場所、会いたい人、戻れない時間が重なるからである。
一方で、本作は静かな郷愁だけのアルバムではない。「Jingle Bells」「Santa Claus Is Coming to Town」「Mele Kalikimaka」「Christmas in Killarney」のような楽曲は、クリスマスの陽気さ、子供たちの期待、地域文化の楽しさを表している。これにより、アルバムは重くなりすぎず、家庭で繰り返し聴かれる季節の音楽として機能する。
宗教的な楽曲の存在も重要である。「Silent Night」「Adeste Fideles」「God Rest Ye Merry Gentlemen」「Faith of Our Fathers」は、クリスマスがもともとキリスト降誕を祝う宗教的行事であることを思い出させる。しかし、Crosbyの歌唱は宗教的な距離を作らず、聖歌を家庭の中へ自然に運び込む。信仰を持つ人にも、単に季節の音楽として聴く人にも届くバランスがある。
Crosbyのヴォーカルは、本作全体の最大の魅力である。彼の声は温かく、落ち着いていて、聴き手に安心感を与える。クリスマス音楽において、この安心感は非常に重要である。彼は感情を過剰に演出しないが、言葉の背後にある郷愁や祈りを自然に伝える。マイクロフォン時代の親密な歌唱が、クリスマスという家庭的なテーマと理想的に結びついている。
本作の影響は非常に大きい。後のFrank Sinatra、Nat King Cole、Perry Como、Andy Williams、Elvis Presley、Johnny Mathis、Carpenters、Mariah Careyなど、多くのアーティストによるクリスマス・アルバムは、何らかの形で本作が示した形式を受け継いでいる。宗教曲、スタンダード、子供向けの明るい曲、新曲や地域色のある曲を組み合わせる方法は、クリスマス・アルバムの定番となった。
日本のリスナーにとって、本作はアメリカ的クリスマス文化の原型を知るための重要な作品である。日本のクリスマスは宗教行事というより、季節イベント、恋人や家族の時間、街のイルミネーション、商業的な祝祭として受容されることが多い。その背景には、アメリカ映画やポップ音楽が作り上げたクリスマス像の影響が大きい。『Merry Christmas』は、そのイメージの源流に位置する。
本作は現代的な音響の派手さを持つアルバムではない。録音には時代性があり、アレンジも非常にクラシックである。しかし、それがむしろ魅力になっている。派手な装飾ではなく、声、メロディ、言葉、季節の記憶が中心にあるため、時代を越えて聴ける。毎年同じ季節に戻ってくる音楽として、本作は非常に強い耐久力を持っている。
総じて『Merry Christmas』は、クリスマス音楽の歴史における金字塔である。Bing Crosbyの穏やかな声は、雪、家族、祈り、帰郷、子供たちの期待、街の鈴の音を一つの温かな世界へまとめ上げた。本作は単なる季節商品ではなく、20世紀の人々がクリスマスに何を夢見たのかを記録した文化的作品である。クリスマスの喜びと孤独、その両方を静かに包み込む名盤である。
おすすめアルバム
1. Nat King Cole – The Magic of Christmas(1960)
Nat King Coleの温かく深い声によるクリスマス・アルバムであり、後の再編版『The Christmas Song』でも広く知られる。Bing Crosbyよりも滑らかでジャズ的なニュアンスが強く、上品で落ち着いたクリスマス音楽を味わえる。
2. Frank Sinatra – A Jolly Christmas from Frank Sinatra(1957)
Frank Sinatraによる代表的なクリスマス・アルバムであり、Gordon Jenkinsのアレンジによる荘厳で美しい作品である。Crosbyの家庭的な温かさに対し、Sinatraはより洗練された大人のクリスマスを提示している。
3. Perry Como – Perry Como Sings Merry Christmas Music(1946)
Bing Crosbyと同じく、親密なクルーナー的歌唱でクリスマス音楽を大衆化した重要作である。Comoの声は非常に柔らかく、家庭的な安心感が強い。Crosbyの系譜を理解するうえで関連性が高い。
4. Elvis Presley – Elvis’ Christmas Album(1957)
ロックンロール世代によるクリスマス・アルバムの代表作である。伝統的な聖歌とブルース/ロックンロール色の強い楽曲が共存しており、Crosbyが築いたクリスマス・アルバムの形式が新しい時代のポップへ引き継がれた例として重要である。
5. Carpenters – Christmas Portrait(1978)
20世紀後半のクリスマス・ポップを代表する名盤であり、Karen Carpenterの温かく透明な声とRichard Carpenterの緻密なアレンジが魅力である。Bing Crosbyの家庭的なクリスマス像を、1970年代のソフトロック/イージーリスニングの感覚で再構築した作品として聴ける。

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