
発売日: 1973年5月
ジャンル: ポップ、フォークロック、ゴスペル、R&B、スワンプポップ
『There Goes Rhymin’ Simon』は、Paul Simon が1973年に発表したアルバムである。
ソロ転向後の2作目であり、
『Paul Simon』(1972)で確立した“都会的フォーク・ポップ”の流れを引き継ぎつつ、
より幅広いジャンルを意欲的に取り込んだ作品である。
ポールはサイモン&ガーファンクル解散後、
作家としての自立と音楽的自由を強く求めるようになっていた。
その姿勢が本作ではさらに大胆に表れ、
アメリカ南部のソウル、ニューオーリンズのスワンプポップ、
ゴスペル、フォーク、ジャズ……と多様なスタイルが並びながらも、
“ポールの歌”という軸によって、
一枚のアルバムとして不思議な統一感が保たれている。
『There Goes Rhymin’ Simon』は、
“音楽の旅人”としてのポールが本格的に開花した作品であり、
職人的なソングライティングと旺盛な好奇心が
極めて豊かな形で結晶している。
全曲レビュー
1曲目:Kodachrome
軽快で弾むポップロック。
“色鮮やかな日々”を写真のフィルムにたとえた、ポジティブな名曲。
キャッチーだが、どこか少し切ないニュアンスがあるのもポールらしい。
2曲目:Tenderness
柔らかなメロディと洗練されたアレンジが心地よい。
都会的で軽やか、1970年代ポールの美質がよく出た一曲。
3曲目:Take Me to the Mardi Gras
ニューオーリンズ音楽の祝祭感と柔らかいポップが融合。
スワンプポップの美しさを軽やかに紹介するような一曲で、独自の温度がある。
4曲目:Something So Right
深い情感と温かいメロディが溶け合った名曲。
ポールの作品の中でも特に優しいボーカルが印象的で、
のちに多くのアーティストにカバーされる。
5曲目:One Man’s Ceiling Is Another Man’s Floor
ユーモアと社会的視点が混ざった異色曲。
ジャジーなピアノと跳ねるリズムの軽妙さが魅力。
6曲目:American Tune
アルバムの精神的中心。
アメリカの歴史、人々の痛みと希望を抱きしめるような深遠なバラッド。
クラシカルな旋律を用い、
“疲れた魂への祈り”として長く愛される名曲である。
7曲目:Was a Sunny Day
明るいレゲエ風味を取り入れた軽快な一曲。
旅の途中でふと晴れ間が差すような、柔らかい幸福感が広がる。
8曲目:Learn How to Fall
ポップで軽快ながら、
“失敗の受け止め方”を穏やかに歌う哲学的な曲。
ポールの語り口ならではの優しさが宿る。
9曲目:St. Judy’s Comet
息子に向けた穏やかな子守唄。
柔らかいボーカルとアコースティックの温度が心を溶かす。
10曲目:Loves Me Like a Rock
ゴスペルグループ The Dixie Hummingbirds を迎えた名曲。
宗教歌のような荘厳さと、
ポップの軽やかさが驚くほど自然に溶け合っている。
総評
『There Goes Rhymin’ Simon』は、Paul Simon のキャリアにおいて
最も豊かで、最もカラフルな作品のひとつである。
特徴を整理すると、
- 南部音楽からゴスペル、ジャズ、レゲエまでの大胆な越境
- 鋭い観察眼と優しい語り口による歌詞世界
- ポールらしい完璧なメロディ感覚
- 多彩な音楽をつなぐ“静かな統一感”
- 派手さよりも、日常と人間性を丁寧に描く力
本作は、
“アメリカという国の光と影”を軽やかに抱きしめた作品でもあり、
その視野の広さは後年の『Graceland』へと続く伏線にもなる。
同時代の作品と比較すると、
・James Taylor のフォークポップ
・Carole King の柔らかなアメリカンソウル
・Randy Newman のシニカルなアメリカ観
などと響き合うが、
ポールはよりメロディアスで普遍性を持つ。
『There Goes Rhymin’ Simon』は、
ポールが“音楽的に最も軽やかで、最も自由だった瞬間”をとらえた名盤であり、
今も古びない鮮度を保っている。
おすすめアルバム(5枚)
- Paul Simon / Paul Simon (1972)
都会的フォークの原点として本作と地続き。 - Graceland / Paul Simon (1986)
世界音楽への冒険が花開く代表作。 - Still Crazy After All These Years / Paul Simon (1975)
本作の延長線上にある成熟したソウルポップ。 - James Taylor / Sweet Baby James
同時代の温かいフォークポップの名作。 - Carole King / Tapestry
1970年代前半の柔らかく洗練されたポップの文脈で相性が良い。
制作の裏側(任意セクション)
『There Goes Rhymin’ Simon』は、
ポールがアメリカの多様な音楽文化に触れ、
“広い地図を一度に描こうとした”アルバムだった。
ニューオーリンズでの録音では、
現地ミュージシャンによる柔らかいグルーヴが自然に流れ込み、
「Take Me to the Mardi Gras」はその象徴となった。
また「Loves Me Like a Rock」では、
The Dixie Hummingbirds とのセッションが
宗教音楽の深みとポップの軽さを奇跡的に共存させた。
『American Tune』は、
当時のアメリカの政治的混乱を静かに受け止めた曲として、
ポール自身の心の叫びに最も近い存在である。
こうして本作は、
好奇心と優しさを持つポール・サイモンが、
自由に音楽世界を歩いた“豊穣な旅の記録”として完成した。



コメント