
発売日: 1975年10月
ジャンル: アダルト・コンテンポラリー、ソフトロック、フォークロック、スムースジャズ、シンガーソングライター
『Still Crazy After All These Years』は、Paul Simon が1975年に発表したアルバムである。
ソロ活動が軌道に乗り、アメリカ音楽の幅広いジャンルを自在に渡り歩き始めたポールは、
ここで“成熟と内省の到達点”ともいえる境地へと到達する。
1970年代半ばのアメリカは、
ベトナム戦争後の空気、疲れた社会、揺れる価値観があり、
その背景は本作に静かに影を落としている。
ポールは、政治を全面に出すのではなく、
“個人としての日常の揺れ” を通して時代の空気を巧みに描写した。
本作には、
離婚、孤独、再会、老い、未練、優しさ、疲れ、再起……
そうした“大人の感情”が驚くほどさりげなく刻まれている。
アレンジは洗練を極め、
ニューヨークのスムースジャズやソウルの空気が溶け込み、
ポールの声は穏やかでありながら、深い陰影を帯びている。
『Still Crazy After All These Years』は、
大人のポップの金字塔として知られ、
グラミー賞「最優秀アルバム賞」も受賞した。
それは“派手さではなく、静かな熟成”によって得られた評価である。
全曲レビュー
1曲目:Still Crazy After All These Years
しっとりとしたピアノとサックスが美しいタイトル曲。
“年月を経ても、まだ揺れ続ける心”を描く名曲で、
大人の哀愁と洗練が完璧に融合している。
2曲目:My Little Town(with Art Garfunkel)
サイモン&ガーファンクルの再会曲。
ノスタルジーではなく、
閉塞的で重い“町の記憶”を描いた異色のナンバー。
再会の温かさよりも、鋭い視線が際立つ。
3曲目:I Do It for Your Love
静かで繊細なラブソング。
アコースティックの柔らかさと、
ほどけていくようなメロディが優しい。
4曲目:50 Ways to Leave Your Lover
本作最大のヒット曲。
ユーモアとクールなビートが絶妙に融合した曲で、
スティーヴ・ガッドの斬新なドラムパターンが歴史的名演として語り継がれる。
5曲目:Night Game
野球をテーマにした静謐なジャズ風小品。
夢の終わりのような、淡く儚いムードが美しい。
6曲目:Gone at Last(with Phoebe Snow)
ゴスペルの熱気と力強いソウルが溢れる一曲。
ポールの柔軟な音楽性と、フィービ・スノウの歌声の相性が絶妙。
7曲目:Some Folks’ Lives Roll Easy
穏やかで深く染みるバラッド。
人生の不公平と静かな受容が優しく語られる、ポール屈指の名曲。
8曲目:Have a Good Time
軽妙な曲調ながら、
“笑いながら人生の孤独に触れる”ような複雑な味わいを持つ。
9曲目:You’re Kind
軽やかなテンポのフォークポップ。
皮肉と優しさが交互に現れる、ポールらしい小粋な一曲。
10曲目:Silent Eyes
神秘的なピアノバラッドでアルバムを閉じる。
宗教的な静けさと祈りが漂い、深い余韻を残す。
総評
『Still Crazy After All These Years』は、
Paul Simon のキャリアの中でも最も円熟した作品のひとつである。
特徴をまとめると、
- ニューヨークのジャズ/ソウルの洗練を取り入れた都会的サウンド
- 大人の複雑な感情を繊細に描いた歌詞
- フォークからゴスペルまでの幅広いジャンルの自然な融合
- 過去と現在の自分を冷静に見つめる視線
- サイモン&ガーファンクル再会という歴史的瞬間
本作は、
“派手ではないが揺るぎない名盤”として高く評価され続けている。
深みのあるアレンジと静かな強さは、
今のリスナーにとっても新鮮に響く。
同時代の作品と比較するなら、
・Joni Mitchell『Court and Spark』
・Carole King『Wrap Around Joy』
・James Taylor の70年代後半作品
といった“大人のアメリカン・ポップ”の流れに連なるが、
ポールの作品はより内省的で、静かな物語性が際立つ。
後年の『Hearts and Bones』や『Graceland』のような冒険とは違い、
本作はあくまで“個人の内面を都会的に描く”作品であり、
その落ち着いた深さが多くのファンを惹きつけている。
おすすめアルバム(5枚)
- Paul Simon / Paul Simon (1972)
ソロ初期の自由で軽やかな魅力が本作の源流。 - There Goes Rhymin’ Simon / Paul Simon (1973)
本作の前段階として、色彩豊かな音楽性を共有。 - Hearts and Bones / Paul Simon (1983)
さらに内省的な深みへと進むポールの中期名作。 - Court and Spark / Joni Mitchell
70年代半ばの都会派アートポップとして相性が良い。 - James Taylor / Gorilla
同時代のアダルト・コンテンポラリーの文脈で聴くと美しい対照になる。
制作の裏側(任意セクション)
『Still Crazy After All These Years』では、
ニューヨークのジャズミュージシャンやゴスペルシンガーが多数起用された。
特にスティーヴ・ガッドのドラムは、
「50 Ways to Leave Your Lover」で革命的と称されるほどの存在感を放つ。
また「My Little Town」はアート・ガーファンクルのアルバムと同時収録され、
意図的に“サイモン&ガーファンクルの復活”を匂わせた。
しかしポールはノスタルジーに寄りかかるのではなく、
重く暗いテーマを選び、むしろ“過去と安易に和解しない”姿勢を示した。
全体として、
ポールが“成熟期の作家”として冷静に世界と向き合い、
しかしその中に深い人間味をしっかりと残した作品である。



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