
発売日: 1993年2月1日
ジャンル: ポップロック、AOR、アダルト・コンテンポラリー、オルタナティヴ・ロック要素
『Off the Ground』は、Paul McCartney が1993年に発表したアルバムである。
前作『Flowers in the Dirt』でソングライターとしての輝きを取り戻し、
大規模ワールドツアーを経たポールは、
“バンドと一緒に作ることの喜び”を再び深く実感していた。
その流れを受けて制作された本作は、
肩の力を抜いた自然体のポップロックとしてまとめられている。
80年代の緊張と実験性、デジタル化の潮流をひとまず横に置き、
90年代へ向けた“ニュートラルなポール”が表れている作品だ。
時代はすでにNirvana を筆頭とするオルタナティヴ・ロックの台頭期であり、
ポール自身もその変化を意識していたが、
本作は流行を追うのではなく、
“良いバンドと良いメロディで勝負する”という姿勢を貫いている。
制作を支えたのは、ツアーで固めた信頼度の高いバンドメンバーたち。
シンセを必要以上に使わず、
生演奏の質感を前面に出し、
軽やかで温かい“バンド・ポール”を感じられるのが本作の魅力だ。
また、環境問題、人間関係、愛、社会へのまなざしと、
テーマが驚くほど真っ直ぐなのも作品の個性である。
メッセージ性と優しさが自然に同居した、
90年代ポールの入口として重要なアルバムになっている。
全曲レビュー
1曲目:Off the Ground
軽快で爽やかなポップロック。
前向きなエネルギーに満ちたタイトル曲で、
“地面を離れて飛び立つ感覚”をそのまま音楽にしたような伸びやかさがある。
2曲目:Looking for Changes
動物虐待をテーマにした社会派ロック。
ストレートな怒りとシンプルな構成が印象的で、
ポールの倫理観が強く出た曲。
3曲目:Hope of Deliverance
本作最大のヒット曲。
アコースティックギターの爽やかさとサビの高揚感が美しく、
“平和への希望”を穏やかに歌い上げる名曲。
南米やヨーロッパで特に高い人気を誇る。
4曲目:Mistress and Maid
Elvis Costello との共作。
複雑な感情を描く歌詞と緊張感あるメロディが、
『Flowers in the Dirt』の余韻を感じさせる。
5曲目:I Owe It All to You
温かいバラッド。
旅路と感謝の想いが重なり、伸びやかなメロディが美しい。
6曲目:Biker Like an Icon
ミステリアスで独特なムードを持つロックナンバー。
シンプルな構成だが、クセになる反復が印象深い。
7曲目:Peace in the Neighbourhood
ゆったりとしたリズムに、優しいポールの歌声が重なる。
“日常の平和”を描いた穏やかな曲。
8曲目:Golden Earth Girl
ピアノ主体の静謐なバラッド。
自然への賛歌がテーマとなっており、
詩的で美しいポールの世界が広がる。
9曲目:The Lovers That Never Were
再び Elvis Costello との共作。
切なさと緊張が共存する強力な楽曲で、
本作の中でも特に深い感情を湛えている。
10曲目:Get Out of My Way
疾走感のあるロック。
シンプルだがライブ映えする構成で、
バンドの勢いが爽快に伝わる。
11曲目:Winedark Open Sea
夜の海を思わせる幻想的なバラッド。
ポールの柔らかなボーカルが美しく、
アルバムの中盤を落ち着かせる名曲。
12曲目:C’mon People
壮大なスケールの締め曲。
ストリングスの広がりと、希望を歌うポールの言葉が胸に残る。
求心力の高いフィナーレである。
総評
『Off the Ground』は、Paul McCartney の
90年代ポップロック期の幕開けを告げる作品である。
派手な実験ではなく、
緻密なコンセプトでもなく、
名曲の連打でもなく、
しかし、バンドの温度感、メロディの自然さ、
そしてポールの“日常を見つめる優しい視線”が心に残る作品に仕上がっている。
本作は、
- 生演奏の手触り
- 過剰でないアレンジ
- メッセージ性のある歌詞
- 穏やかで成熟した歌声
という特徴を持ち、
90年代以降のポールの方向性(『Flaming Pie』へ続く路線)を決定づけた。
同時代の作品と比較すると、
・Sting の AOR 的な洗練
・Crowded House の繊細なポップ作り
・Paul Simon の成熟した語り口
と共通点が見えるが、
ポールはあくまでも“普遍的なメロディ”を軸にしているため、
本作は他にはない柔らかい魅力を持つ。
派手さよりも、誠実さ。
強さよりも、優しさ。
『Off the Ground』はそんな作品であり、
静かに長く支持されている理由もそこにある。
おすすめアルバム(5枚)
- Flaming Pie / Paul McCartney
成熟したポールの最高傑作の一つ。本作からの流れで聴きたい。 - Flowers in the Dirt / Paul McCartney
共作曲の延長線上で、本作との連続性が強い。 - Chaos and Creation in the Backyard / Paul McCartney
静かな情感とソングライティングの深さが近い。 - Sting / The Soul Cages
90年代初頭の成熟したポップ作りの比較に最適。 - Crowded House / Woodface
メロディの自然さと温度感が近い。
制作の裏側(任意セクション)
『Off the Ground』は、
長いツアーを終えた直後の“結束したバンド”で制作が進んだ。
ポールはバンドに対して信頼を寄せ、
過去作よりもライブ感を重視したレコーディング方法を採用した。
また、ポールは環境問題や動物愛護活動にも積極的に関わっていた時期で、
「Looking for Changes」や「Golden Earth Girl」など、
自然や生命へのまなざしが色濃く反映されている。
Elvis Costello との共作曲は、
『Flowers in the Dirt』制作時に大量に書かれたセッションの残りであり、
本作における感情の深さに重要な役割を果たした。
こうして『Off the Ground』は、
90年代の穏やかなポールを象徴する、
静かな魅力を持つアルバムとして完成した。



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